★★★★おすすめ本

■ サイゾー10月号別冊――『噂の眞相 闘論外伝』

20061018saizotouron

魚住護憲勢力というと、社民や共産といったイメージがあるけれど、実際に憲法9条を守ってきたのは、実は、自民党の中の“汚れたハトたち”なんですよ。さまざまな政治局面で、「この一線を超えてはいかん」とブレーキをかけてきたのは、“汚れたハト”と宏池会なんです。

金権政治家と言われた、金丸(信)さんや竹下(登)さんもそうですが、地元と密着したところから成り上がってきた辺境の政治家たちが、相当な護憲勢力になっていた。(……)

岡留-確かに、現実主義的な理念に走る前原前民主党代表のような政治家は結局対米追従になりやすく、危ないですね。

魚住-危ないですよ。僕は理念と利害がぶつかることによって、理念の暴走を防ぐことができると思うんです。

旧田中派を中心とした政治家が総じてハト派なのは、彼らが地元住民と密着した実利主義、現実主義だから、「北朝鮮はけしからん」「北朝鮮と戦争しろ」という石原慎太郎や安倍晋三のような頭だけで物事を考えるような政治家のバカげた発言に乗らないんですよ。だって、戦争で一番困るのは、一人ひとりの住民なんですから。

―― 魚住昭・岡留泰則 「政治家スキャンダルとマスメディア

■ サイゾー10月号別冊――『噂の眞相 闘論外伝』岡留安則vs12人の論客|インフォバーン|200610月|

★★★★

《キャッチ・コピー》

マスコミ最大のタブー「天皇制」と小泉ー安倍に関するメディアの現状を撃つ!

memo

20043月に休刊した月刊誌『噂の真相』の再登場かと思わせる杉浦康平の表紙デザイン。『サイゾー』に掲載されていた元編集長の岡留安則氏の過激な対談をまとめたもの。

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ダニエル・カラハン / 岡村 二郎:訳■ 自分らしく死ぬ――延命治療がゆがめるもの

20061015jibunnokamura

長年の友人が、私の夏休みの間に彼の牧場に来ないかと言ってくれた。その時、私には分からなかったのだが、彼の目的はほぼ確実に、直接に知らせようとはしないものの、 長年の付き合いの絆を確かめ、別れを告げるためであった。〔略〕

数ヶ月して彼は死んだ。彼の死は、私がこれまで研究を続け、そしてこの本で書こうとしてきたような死であった。

彼の奥様が後でくれた手紙によると、「臨終となったあの日、彼は私たちに死の時が来たと言い、私たちに生を引き延ばすことなく逝かせるのだと要求しました。

私たちは、彼の旅立ちに心痛みながら、愛と祝福を捧げ、彼は安らかに逝きました。死に際しても、生前同様に美しく、高潔で、気品がありました」。

あれだけの痛みの中で、あんな風に死ねる人がいるのだろうか?自身に問いかけないといけなかった。もっと一般的な問いが、心に浮かんでくる。

その疑問は、これまで私が見聞してきた安らかな死を遂げた人々に共通の特質は何だったろう?である。

――「第7章 見守ることと待つこと

■ 自分らしく死ぬ―延命治療がゆがめるもの|ダニエル・カラハン / 岡村 二郎:訳|ぎょうせい |200610月|ISBN: 4324080410

★★★★

《キャッチ・コピー》

医学が進歩し「不健康でも長生きできる」社会で、医療と死と人間の関わり方はどうあるべきか。安らかに死を迎えるための書。

memo

訳者あとがきに「今年古希を迎えた」とある。訳者・岡村二郎氏は、わが職場の先輩。古希にしてこの訳業、そのエネルギーに感嘆。中味も古希にふさわしく。

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佐藤まさあき■「劇画の星」をめざして

20060914gekiganosatou

やがて山森は劇画を描くことをやめて京都の西陣の染物師となる。元美津はしばらく休筆の後、さいとうプロの原作者として復活する。桜井は自称、日本一ちいさな出版社の「東考社」を設立し、水木しげると組んで売れない本を四苦八苦しながらも出版を続けていく。石川はその後、肺結核になり、療養中にさいとうから恩を受け、その後はさいとうプロの陰の力となって『ゴルゴー13』などの作品の制作に力を貸す。本来律儀な性格の人なのである。

ともあれ、こうして劇画工房は消滅した。〔略〕

つげ義春なんかは「劇画がヒタヒタと大阪からやってきた」というような名言を吐いているし、手塚先生の『ボクはマンガ家』という著書にも、先生のアシスタントが貸本屋で本を借りてきて全員が読みだして、「面白いか?」と聞くと、「面白い」と答えるので、先生はノイローゼになり、階段から足を踏みはずして転げ落ちる、というようなことも書かれてあった。

たった八カ月であったが、衝撃度はそれを上まわるくらい劇画工房は暴れまわったのだ。

「劇画の星」をめざして――誰も書かなかった〈劇画内幕史〉|佐藤まさあき|文藝春秋|199610月|ISBN4163523200

★★★★

《キャッチ・コピー》

波瀾万丈、有為転変、まさに劇画並み。赤裸々に綴る自伝的劇画界の50年。

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清水哲男■ 増殖する俳句歳時記――日本語の豊かさを日々発見する

20060904zousyokusimizu

んの字に膝抱く秋の女かな   小沢信男

たしかに「んの字」の形をしている。「女」は、少女に近い年齢だろう。まだあどけなさを残した「女」が物思いにふけつている様子だから、その姿に「秋」を感じるのだ。

「んの字」そのものが、相対的に見ると、独立した(成熟した)言語としての働きを持たないので、なおさらである。

爽やかさと寂しさが同居しているような、秋にぴったりの風情。からっとして、ちょっぴり切ない風が、読者に吹いてくる。

佐藤春夫の詩の一節に「泣きぬれた秋の女を/時雨だとわたしは思ふ」(表記不正確) があり、同じ「秋の女」でも、こちらには成人した女性を感じさせられる。時雨のように、この「女」はしめっぽい。そして、色っぽい。

ついでに、私がそらんじている「女」の句に、島将五の「晩涼やチャックで開く女の背」がある。

■ 増殖する俳句歳時記――日本語の豊かさを日々発見する|清水哲男|ナナコーポレートコミュニケーション|200208月|ISBN4901491075

★★★★

《キャッチ・コピー》

インターネットで120万超ヒットの人気サイトが、一冊の本になった。通称“ゾーハイ”は、俳句とインターネットに親しむ人には、すでに常識だ。6年にわたって大好評だった名物解説を、厳選して一日一句、1年(366句)にまとめた。

memo

増殖する俳句歳時記

http://zouhai.com/

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倉橋由美子■ 老人のための残酷童話

20060829roujinnnokurahashi

「下界で伝えられている物語によれば、あなたも牽牛も年に一度のこの逢瀬に燃えながら天の川を渡って恋人の胸に飛びこむ……」

人間たちが空想して作る物語とは大体そういうものでしょうね」と織女は他人事のように言いました。

「それは違うということが私にもわかってきました。あなたは恋とか愛といったものに動かされる人ではない。それでも年に一度、かならず牽牛に会いに出かけたのは、それが天界の行事だからでしょう」

「あの人を愛しているのに一年に一度しか会えない、というのではなくて、一年に一度会うことになっているので、鵲(かささぎ)の橋を渡って会いに行くのです。愛しているからであるかのように」と織女は言いました。

「かのように、ですか」

――「天の川」

■ 老人のための残酷童話|倉橋由美子|講談社|200309月|ISBN4062117541

★★★★

《キャッチ・コピー》

遂に刊行!20年後の「残酷童話」!!

ロングセラー『大人のための残酷童話』から20年。情け容赦なく描かれる人間の底なしの欲望と罪深さ。一流の文体で紡がれる惨烈な童話の数々をお楽しみください。

現代文学最高の語り部・倉橋由美子が贈る10篇の物語。

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倉橋由美子■ あたりまえのこと

20060828atarimaekurahashi

……文章を読んで時間の経つのを忘れるのと、音楽を聴いて時間の経つのを忘れるのとは、一方が目を、一方が耳を使うのが違うだけで、互いによく似たところがあります。

脳のある部分が(場所は違うでしょうけれども)快く働いて喜んでいる状態が似ている、ということかもしれません。この快感を覚えることで小説を読むことが楽しくなります。

さらには、小説に限らず、「音楽」が聞こえてくるような文章を読めば同じ快感が得られることがわかれば、あとはそんな上質の文章を見つけて読むことが楽しみになります。〔略〕

読んで楽しめるのは小説だけではありません。小説を読む楽しみは、文章を読む楽しみの中では初級のものに属するというべきでしょう。

年をとるにつれて楽しめる小説が少なくなったとしても、それ以外のもっと面白い文章はそれこそ無限にあると思えば楽しくなろうというものです。

                   「小説の読み方」

■ あたりまえのこと|倉橋由美子|朝日新聞社|200111月|ISBN4022576790

★★★★

《キャッチ・コピー》

小説を楽しむためには、どうしたらいいのだろう? 古今東西の作品のエッセンスを巧みに取り出して、心ゆくまで楽しみながら本を読むためのヒントを紹介。小説論ノート&小説を楽しむための小説読本。

 

memo

「残された飛行時間は予測不能、恐らくはいくばくもないと思われる以上、小説以外の文章を書くことも発表することも、これをもって最後にいたします」(あとがき)

20056月、死去。「パルタイ」「スミヤキストQの冒険」「大人のための残酷童話」

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向井 敏■ 残る本 残る人

20060816nokoruhonmukai

かつて桶谷秀昭が藤沢周平の短篇集『花のあと』文庫版の解説で、江戸時代の住人たちと今日のわれわれとでは「時間の流れ方がちがう」、われわれの時間が「未来へむかって直線にながれてゆく」のに対して、彼らの時間は「四季のめぐりのように円を描いて循環していたようにみえる」と書いたことがある。

すべて進歩、変革というものが忌まれ、旧来のしきたりに従うことが格別に重しとされた時代の人びとの生活感情をよく言い当てているが、そのうえで彼はまたこうも言う。

そういう時間感覚を時代小説が再現するとき、われわれは現代小説にめったに味わうことのできない、或る心のやすらぎをおぼえる。

循環する「時間感覚」。それを再現するうえで欠かすことのできないのが、「四季のめぐり」とそのもたらす情感の描写であろう。この四季の情感で物語を染めあげることにかけて、とりわけぬきんでていた作家がほかならぬ藤沢周平。

                   「藤沢周平の春夏秋冬」

 残る本 残る人|向井 敏 |新潮社 |200101月|ASIN: 4103467029

★★★

《キャッチ・コピー》

本の見どころ勘どころを数行の言葉にきりりと絞る。手がけた書評1000篇。書評歴20年。書評エッセイの達人がおくる20世紀最後の10年のエッセンス99

memo

 未来への直線線的時間ではなく、春夏秋冬を循環する円のような時間……。なるほど、これが“老人力”であり、高齢者の時間の過ごし方かもしれない。

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西岡研介■ スキャンダルを追え!「噂の眞相」トップ屋稼業

20060807uwasanishioka

ところが神戸新聞のトップと現場双方が言うことを聞かないとみるや、市幹部は、今度は「真ん中」、つまり社会部幹部やデスククラスに現場を抑え込んでもらうよう攻勢をかけてきた。

「なぁ、西岡よ、あいつらも(空港建設に)必死なんや。もちろん批判すべきところは批判すべきや。けど、少しはあいつらの立場もわかったってくれへんか……」

元神戸市役所担当のOB記者にこう諭されたのも一度や二度ではなかった。〔略〕

これはもちろん空港問題に限ったことではない。世の中には賢否の分かれる問題が多々あるが、これらの問題を報じる場合、新聞は、どちらが正しいか間違っているかは別として、双方の意見を平等に載せ、読者の判断に委ねようとする。これが新聞の「バランス感覚」なのである。

ゆえに、賛否の分かれる問題を報じる場合、自分自身がどれだけ、どちらか一方の言い分が正しいと信じていたとしても、けっしてその「一方の言い分」だけを掲載することはできない。そんな、全国紙をはじめ、日本中の新聞が標榜する「不偏不党の立場」というものに私は、どうしようもない居心地の悪さを感じ始めていた。

■ スキャンダルを追え!「噂の眞相」トップ屋稼業|西岡研介|講談社|200110月|ISBN4062108615

★★★★

《キャッチ・コピー》

仰天スクープはこうして誕生した!

東京高検検事長のクビを取り、首相を窮地に追い込んだ、若き「ゲリラ記者」の東奔西走奮戦記。

memo

「噂の真相」以前の神戸新聞記者時代の大震災、少年A事件、神戸空港問題などが扱われており、神戸市民にとっては「一粒で二度おいしい」本。

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仲俣暁生■〈ことば〉の仕事

20060805kotobanonakamata

「われわれ」「ぼくたち」といった複数形の主語で語るのが、なににもまして恥ずかしい。おそらくはそれが「私たち」――一九六〇年代の前半に生まれた者――にとって唯一の、共通の感覚でした。

私たちの世代は複数形の主語を拒むことで、平板な世代論が他者によって語られてしまうことを、強固に拒んできたのだと思います。だからこそ、同世代同士の間ですら、この世代の人間はとてもわかりにくい印象を与えがちです。〔略〕

「書物をつうじて古典的な教養を身につける」ことが〈ことば〉や〈知〉に取り組むほぼ唯一の手段だった時代から、サブカルチャーやテクノロジーの力が無視し得ぬほどに優勢となり、それまでの〈ことば〉や〈知〉に新たな回路を切り拓いてゆく時代への変化が、「モダン」と「ポストモダン」との間の境目だとすると、その変化はおもに、一九七〇年代の後半から八〇年代の前半にかけて起こったと私は考えます。

このときの切断面のことを、作家の橋本治がかつて「八〇年安保」と呼んだことがありますo本書に登場する人たちは、まさにこの時代に高校・大学時代を送っています。

■ 〈ことば〉の仕事|仲俣暁生|原書房|200605月|ISBN4562040009

★★★★

《キャッチ・コピー》

誰もが情報を発信できる時代となったいま、「言葉をあつかう仕事」のなかでは何が起きているのか。最前線の批評家、研究者、出版人へのインタビューから探る、言葉の方法論の現在。

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山口仲美■ 日本語の歴史

20060801yagagutinihonngo

話し言葉から隔たった書き言葉には肉声が込めにくい.むろん、話し言葉がそのまま文章になるわけではありません。でも、少なくとも書き言葉に使用される語彙や文法が、話し言葉と一致していればいるほど、書くことが容易になります。

話し言葉と書き言葉の一致の必要性に気づかせたのは、明治になって出会った西洋文明です。ヨーロッパでは、ルネッサンス以後に、イタリア、イギリス、ドイツ、ロシアなどで次々に言文一致運動が起き、話し言葉と書き言葉を一致させる努力をしてきました。

日本は、四、五百年遅れで、言文一致運動を体験。途中で二回も暗礁に乗り上げ、それでもなんとか達成させることができました.そのおかげで、われわれ現代人は、容易に文章を綴ることができるのです。

■ 日本語の歴史山口仲美|岩波書店|200605月|新書|ISBN4004310180

★★★★

《キャッチ・コピー》

こんなに面白いドラマだったのか。せめぎあう、話し言葉と書き言葉。今の日本語はこうして生まれた。

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