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青山光二■ 食べない人

20060929tabenaiaoyama

「お節料理を持ってきたんだ。向こうの廊下の脇の食事の場所へ行こう」

「ここで食べたいわ」

「だめだよ。ここは看護婦さんの詰所だ」

納得したらしく、妻は差しのべた私の手に鎚って、腰をのばした。

杏子の脇の下を抱えるようにして、立たせた。手をひいて、硝子扉の方へ歩きだしながら、

「何をブツブツ云ってるんだ」

「やさしい方ですね」

「何だって! 誰がやさしいの」

「あなた、どなたでしたかしら」

「……どなただって」妻の手を曳っぱって、ゆっくりと歩きながら、一瞬、こみあげてきた涙で私の目はくもった。「さぁ、どなたでしたかねぇ」(……)

ナース・ステーションの硝子壁に沿った廊下を妻の手を曳いて歩きながら、妻が可哀想でならなかった。妻と二人で、どこか別の世界へ行きたいと、一瞬、想った。

―― 「雪の大つごもり

■ 食べない人|青山光二|筑摩書房|200605月|ISBN4480814809

★★★

《キャッチ・コピー》

食べる姿を他人に見せなかった織田作之助の妻、食事の記憶をすぐに失くす年老いた妻…。「食」とエロスを瑞々しく描き出す。

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