« ■ サイゾー10月号別冊――『噂の眞相 闘論外伝』 | トップページ | 立川談四楼■ 大書評芸 »

玉川しんめい■ ぼくは浅草の不良少年―実録サトウ・ハチロー伝

20061019bokuhaasakusatamagawa

後年彼は『おかあさん』の詩で有名になったが、その時の詩は母ではなく、「父を見送った夜」という親父への愛情溢れる詩であった。とても初めてつくったとは思えない素晴らしい詩だった。

そこで、平野威馬雄)はハチローを同伴して、早速道玄坂の正富汪洋のところへ持っていくと、「新進詩人」の大正八年八月号に掲載された。

それから間もなく福士幸次郎)が、平野らに、「折角集まったんだから、何か詩の雑誌でもやらないか」といい出した。

そこで慶大の予科に通っていた牛込の耳医者の息子の林(後年の推理作家木々高太郎)、リスみたいにクリクリっとした目玉と長い耳をもった三ちゃん(雑誌「宝石」の名編集長だった永瀬三吾)、紅顔の美少年国木田独歩の長男の虎雄、元気のいいチンピラあんちゃんだった牧野吉晴、そして金子光晴……という威勢のいい連中が集まり、大いにやろうということで「楽園詩社」という詩の同人雑誌社を興したのである。

福士の家の近くには芥川龍之介がいた。時々「楽園」の集まりにきてくれて、これらの若い連中を励ましていた。平野が十七、ハチローがまだ十六歳の時のことだ。

■ ぼくは浅草の不良少年―実録サトウ・ハチロー伝|玉川しんめい|作品社|200501月|ISBN4861820219

★★

《キャッチ・コピー》

戦後の焼跡に響いた「リンゴの唄」、童謡「ちいさい秋みつけた」、日本最大のベストセラー詩集『おかあさん』…。

転校8回、留置所入り30回以上の浅草一の不良少年は、やがて、エノケン、ロッパ、菊田一夫など浅草芸人たちと交わりながら、日本一の詩人になっていく…。本書は、多くの資料や証言をもとに描いた、唯一の“実録サトウ・ハチロー伝”である。

|

« ■ サイゾー10月号別冊――『噂の眞相 闘論外伝』 | トップページ | 立川談四楼■ 大書評芸 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 玉川しんめい■ ぼくは浅草の不良少年―実録サトウ・ハチロー伝:

« ■ サイゾー10月号別冊――『噂の眞相 闘論外伝』 | トップページ | 立川談四楼■ 大書評芸 »