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森繁久弥/久世光彦■ さらば大遺言書

20061016sarabamorishigekuze

例えば、森繁さんは気持ちよく「大楠公」という昔の歌を歌っている。《青葉茂れる桜井の/里のわたりの夕まぐれ/木の下かげに駒とめて――》――ここで歌が中断した。

歌詞のつづきを忘れたのだろうか。私は《世の行く末をつくづくと》と囁こうかと思った。けれど、森繁さんは<忘れた>という顔ではなかった。明らかに、全く別のことに心を囚われている表情だった。

目は宙の一点を見つめ、膝の上の両の拳は強く握られている。何か<別の思い>を森繁さんは持っている。――それが何かは、解らない。

二十年前の森繁さんなら、その思いを、その場で口にしたものだ。「桜井というのは大阪でしたっけ? 奈良にも桜井はありましたね」、(……)――例えばこんな具合である。ところが今日の森繁さんは、そこで黙る。空白の時間を作る。そこが知りたい。

穿って言えば、森繁さんは<口にする>ことが面倒になり、<会話>が空しくなり、一人で<思っている>ことの<真実さ>または<純粋さ>を覚ったのではないか。――とすると私たちは黙るしかない。

――これはたぶん<老い>ではない。余計なことを削ぎ落とし、<理屈>を捨ててしまった後の――これは清澄な日々なのではなかろうか。

――「緬羊

■ さらば大遺言書|森繁久弥/久世光彦|新潮社|200604月|ISBN4103545062

★★★

《キャッチ・コピー》

「どうしてオレより先に逝った……」急逝した久世光彦と93歳を迎える森繁久彌が、昭和という時代や人生を語り合った「週刊新潮」聞き語りエッセイ最後の一冊。

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