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本田靖春『我、拗ね者として生涯を閉ず』

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 気がついたときは、主張すべきことを主張しない連中が、圧倒的多数を形成していた。私が「野糞精神」を説いたのは、若手に奮起を促そうとしたからである。組織が大きくなればなるほど、個が強くならなければならない。〔略〕

かつて、社会部では噛みつくことがよしとされた。噛みつくというのは、弱者である若手が、自分よりも強い上位者に向かって、非を鳴らすことである。社会部で最も忌み嫌われたのは、ごますりであった。〔略〕

 可能ならば、全員で立ち上がって戦って欲しい。できないなら、せめて、野糞のようになれ――というのが私の主張であった。

 野糞は、それ自体、立ち上がることはできず、まして、相手に飛びかかって噛みつくなどは絶望的に不可能である。でも、踏みつけられたら確実に、その相手に不快感を与えられる。お前たち、せめてそのくらいの存在になれよ、――と訴えたのであった。

■ 本田靖春『我、拗ね者として生涯を閉ず』20052月・講談社・ISBN 4062125935

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《キャッチ・コピー》

読売社会部エース記者として名を馳せ、独立後『不当逮捕』『誘拐』などの名作を生んだ孤高のジャーナリストは、2004124日、この世を去った。両足切断、右眼失明、肝ガン、大腸ガン…病魔と闘いながら、「精神の自由」「人が人として誇り高く生きること」を希求し、現代人の心の荒廃を批判し続けた魂の叫びがここにある。

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