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佐藤正午■ 小説の読み書き

20060701satousyousetu

むしろ作家自身が、無頼という言葉から一般に連想されるきわどい、綱渡り的な人生を送った/送っている、という噂が広まったとき、またはみずからそう告白したとき、

彼は無頼派と呼ばれる。それが無頼派の意味である。つまり作品はあんまり関係ない。〔略〕

で、無頼派の作家は例外なく結婚している。まちがいない。法の定める制度にいちばん縁遠いように思われる人たちが結婚しているのは、僕の考えでは、たぶんそれが無頼派になるためのスタート地点だからである。

無頼派には真っ先に、家庭を顧みない男というイメージがある。家庭を顧みないために、何が必要かといえば、顧みないための家庭が必要だろう。

まず結婚して家庭を持つ。そしてその家庭を顧みない。ないがしろにする。外泊して遊び歩く。ひとりの男は無頼派であるためにはひとりの夫でなければならない。

■ 小説の読み書き佐藤正午|岩波書店|200606月|新書|ISBN4004310245

★★

《キャッチ・コピー》

小説だって、おもしろいじゃん。「小説家の書き方」を小説家の視点から考える。読むことが書くことに近づき、小説の魅力が倍増するユニークな文章読本。

memo

たしかにかに、“「小説家の書き方」を小説家の視点から考える”んだが、枝葉末節過ぎておもしろくない。

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