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青柳恵介■ 風の男 白洲次郎

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白洲が終戦連絡事務局次長の頃のことである。旧知の河上徹太郎から電話があり、「小林秀雄が是非会いたいといっている。用件は本人から聞いてほしい」という。小林秀雄の名はもちろん知っているが、初対面である。〔略〕小林秀雄は家に上がると、すぐに用件を話した。

吉田満という人が「戦艦大和ノ最期」という原稿を書いた。これは是非出版しなければならない本だが、戦争文学だから進駐軍が許可してくれない。何とか出版できるように進駐軍に話して貰いたい、というのである。

それは戦艦大和に乗り組んでいた吉田満の書いた戦記だが、その簡潔な文語体が立派な名文となっている。吉田という青年の目が異常に澄んでいること等を、小林はいささかの私心もなく、かつ尋常ではない迫力で喋りまくった。

白洲はたちまちに小林秀雄という人物を諒解した。占領軍の高官に出版の許可が降りるよう交渉することを白洲は約束し、小林の帰り際に自分で焼いたパンを紙に包んで渡した。

■ 風の男 白洲次郎青柳恵介|新潮社|200008月|文庫|ISBN4101227217

★★★

《キャッチ・コピー》

内に秘めた優しさ、しなやかさ、ユーモア。端正な面立ち、洒落た身なり、寸鉄の片言…。この男に魅せられた人々の「証言」から蘇える「昭和史を駆けぬけた巨人」の人間像。

memo

(上掲続き)「戦艦大和ノ最期」ははじめ雑誌「創元」に掲載しようとして、司令部の検閲によって全文不許可になったが、小林や白洲の尽力により昭和二十四年に出版されることになる(しかし、文語体の原文のままではなく、削除部分が多く、原文のままの公刊は講和条約の発効した昭和二十七年をまたねばならなかった)。

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司馬遼太郎■ 司馬遼太郎対話選集(4)近代化の相剋

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萩原 英語で文明をシビリゼーションといいますね。これを人間の行動にあてはめて「あの人はシビライズドだ」というと、最高の賛辞になる。〔略〕

四民平等になったことは結構なことで、これはわかりきっている。しかし、残念なことに、シビリゼーションと呼び得るもの、いいかえれば、生活の全体を自然に、しかもくまなく包んでいる躾けのようなものが、四民平等になったために、失われていった面がある。

石川淳さんが「教養とは躾けだ」と、どこかでいっておられましたが、文明とはそういうものだと思う。躾けというのは、立居振舞だけではなく、本の読みかたから始まって、人間のつきあいかたにいたるまでの一貫した教養のことでしよう。そういうものが、たしかに侍には身についていましたね。〔略〕

仮にそういう文明がもう少し続いて、薄められた程度であっても、国民全部に行き渡ったうえで封建社会がつぶれ、四民平等ということになっていれば、いまの日本ももう少しちがった姿になっていたでしょうがね(笑)。

士農工商の末端にまで十分浸透する前に、駆け足で四民平等の時代に突っ込んでしまったために、その侍文明は燃えつきてしまったわけですから。いや、そういうより、侍自身が文明の伝統をいともアッサリと投げすててしまった、といった方がいいかもしれませんが。まあ、大変に「進歩的」だったわけですね。

――萩原延壽・司馬遼太郎対談「日本人よ“侍”に還れ」

■ 司馬遼太郎対話選集(4)近代化の相剋司馬遼太郎|文藝春秋|2006 06月|文庫|ISBN4167663244

★★★

《キャッチ・コピー》

1991年はイラクのクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争が始まり、またソ連崩壊により東西冷戦時代が終わりを告げた年だった。しかし目先の情況に対応するだけで何ら危機意識を感じず、漂流を続ける「戦後日本」。

巨大な常識人たる司馬はこの時期、孤独であった。日本は近代化を推進させるなかで何を学び何を失ったのか。

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内田樹■ 子どもは判ってくれない

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後悔には二種類がある。

「何かをしてしまった後悔」と「何かをしなかった後悔」である。〔略〕

私たちの心を長い時間をかけて酸のように浸食して、私たちを廃人に追い込むような種類の「後悔」とは、「何かをしなかった後悔」である。

かけがえのない時間、かけがえのない人、かけがえのない出会いを「逸した」ことの後悔、「起こらなかった事件」についての後悔は、それが起こらなかったがゆえに、私たちの想像を際限なく挑発し続ける。〔略〕

「しなかったことについての悔い」は長い時間をかけて「悔い」として根を下ろしたものであり、その「悔い」そのものが人格の一部をなしているような種類の「悔い」であり、「してしまったことについての悔い」というのは、「できるだけ早く忘れた方がいい」種類の悔いであって、だいたい私たちはすぐに「出来事」も「悔い」も含めて、まとめて忘れてしまうものなのである。〔略〕

とりあえず「あとから考えて『やらなかったこと』を後悔しそうなこと」をかたっぱしから「やる」ということを生きるうえでの基本方針に採用してきて今日に至っている。

その結果、私は数え切れないほどの愚行を重ねてきたけれど、私はそのことをまった

く後悔していない。

 子どもは判ってくれない内田樹|文藝春秋|200606月|文庫|ISBN4167679914

★★★

《キャッチ・コピー》

正しい意見を言ったからといって、人は聞いてくれるわけじゃない。大切なのは、「その言葉が聞き手に届いて、そこから何かが始まる」こと。そんな大人の対話法と思考を伝授。

精神年齢の算出法から、敬意の受け取り方、呪いのコミュニケーションの避け方まで、話を複雑にし、「ねじれ」を活かす効用を伝える名著。

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石沢靖治:編■ 日本はどう報じられているか

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読者の側も、食べ物を含めた広範な日本に関する情報を求めている。

この代表例が、2001年4月1日付「オブザーバー」紙の、七十ページに及ぶ日本特集号だ。ここでは、最新フアッションから料理まで、日本社会の現状に追った。

「不況にもかかわらず、いや、不況であればこそ、日本特集を出した。近年、訪日した人間は、ヘアスタイルから建物やテクノロジーまで、日本人のエネルギーや創造性に感心する。日本は、今こそ旬である。日本にあるものは、やがて英国にもやってくる。未来が日本にある」と、同紙は、日本に注目する理由を述べている。

英国の東京特派員にも、日本語ができる人材が出てきた。そうした特派員の記事は、データも豊富で生活感覚に基づき記事も実像に近いものになっている。

――第1章 イギリス 土生 修一

■ 日本はどう報じられているか石沢靖治:編|新潮社|200401月|新書|ISBN4106100525

「ジャパン・バッシング(日本叩き)」や「日本異質論」が横行した時代も今は昔。

いったい、今の日本は世界の人々の目にどのように映っているのか。各国メディアの報道を通して、現在の「日本像」を探る。

memo

 本書出版から2年半、賞味期限切れ。新書の寿命は短いねえ。

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山本伊吾■ 夏彦の影法師――手帳50冊の置土産

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「今度こそダメだよ。自分のことは自分が一番よく分るからね…!」

唐突に父が言った。ベッドを起こし、絞り出すような声でこう呟いた父の眼からは、もういつもの力強さは消え失せていた。

覚悟していたとはいえ、父が口にした初めての弱気な言葉に、私は、返事ができなかった。亡くなる九日前、平成141014日のことである。この日の手帳には、

〈食事昨日から小盆、食べられず。いよいよか。疲労甚し、仕事も……〉

とある。

父は常々、こんなことを書いてもいたし、言ってもいた。

「人の一生はせいぜい手帖50冊で、それは高く積んでも1メートル、平らに並べても一坪にならない」

その言葉通り、父は昭和28年(53年)から亡くなる平成14年(02年)まで、ちょうど半世紀分の手帳を遺していた。

■ 夏彦の影法師――手帳50冊の置土産山本伊吾|新潮社|200309月|ISBN4104624012

★★★

《キャッチ・コピー》

誰も知らない夏彦が、ここにいる。

遺された50冊余りの手帳と日記が伝える真実とは…。憂い多き青春の日々。語らなかった「過去」。恋文の束。だれもしらない「山本夏彦」がここにいる!  長男が読み解く、父のもうひとつの人生。

memo

「……一坪にならない。つみあげても三尺に及ばない。人の一生はこれに尽きると書いたことがあるが文はウソ也である。ながめて私は何の感慨もなかつた」

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絲山秋子■ 袋小路の男

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引っ越しが終わって少し落ち着いた頃、あなたは、私の家に来て、いきなり冷蔵庫を開けた。

びっくりした。

いきなリスカートをめくられるよりびっくりした。

「ちゃんと生活してるな」

冷蔵庫を閉めながらあなたは言った。

それから居心地悪そうにコーヒーを一杯だけ飲んで帰った。

あなたが帰った後、掃除したばかりの部屋で私は落ち着かなかった。

■ 袋小路の男絲山秋子|講談社|200410月|ISBN4062126184

★★★

《キャッチ・コピー》

指一本触れないまま、「あなた」を想い続けた12年間。“現代の純愛小説”と絶讃された表題作。注目の新鋭が贈る傑作短篇集。第30回川端康成文学賞受賞。

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乙川優三郎■ 芥火

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借金をしても体裁は崩さない、それが彼の生き方であつた。

粋であでやかな着物とは対照的に家の内証はつましく、父が料理屋で芸者を揚げているとき、家族は一汁一菜の膳を食べていた。

呉服屋がみすぼらしい形(なり)はできないと言って、火灯しごろになると颯爽と出かけてゆく父の姿がいしには頼もしく見えていたが、母はさぞかし気を揉んだことだろう。

「おまえには指の太い、無粋な人を見つけてあげる、そのほうがどれほど幸せか」

彼女はよくそう言った。

美しい着物と女のためにある細くしなやかな指に懲りていた。

「虚舟」

■ 芥火乙川優三郎|講談社|200409月|ISBN406212565X

★★★

《キャッチ・コピー》

昨日までとは違う一日を生きる。

負わされた宿命に耐え、新しい人生をけなげに切りひらこうとする江戸の男と女。隅田の川緑に暮らす人生の哀歌。

memo

しっとりとした乙川ぶし。短編5編。

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多田富雄■ 懐かしい日々の想い

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六月。見渡す限りの麦秋である。

大地の豊かな恵み、自然の変わらぬめぐり、人類が数千年にわたって経験している収穫の喜びである。

しかし見方を変えると、これは麦という植物の、何千万という個体の集団自殺なのである。麦は一年草だから、この季節になると必ず枯死する。麦畠は麦という植物の死体の山でもある。

麦の死は水が不足したからでも、太陽光線が多すぎたからでもない。麦の遺伝子すなわちゲノムの中に、DNAの暗号で書き込まれている死のプログラムが発動して、茎や根の細胞が自ら死んでゆき、植物全体が枯れてゆくのである。

この死のプログラムは、環境が変わると発動の時期が多少はずれるが、もともとが遺伝的プログラムだから、人為的に動かすことはできない。

麦という個体は死んでも、次世代の麦を作り出すための種子は残る。

あとには、麦わらという大量の死体の束が残る。私たちは、毎年このおびただしい数の集団自殺を目撃して、そこに自然の豊かな恵みを感じているのだ。(「死は進化する」)

■ 懐かしい日々の想い多田富雄|朝日新聞社|200208月|ISBN4022577185

★★★

《キャッチ・コピー》

医療と科学と文学…全人的な教養と愛に裏打ちされた知性が鳴らす現代文明への警鐘。死の淵に立った著者が、生への激しい想いに突き動かされて編んだ感動のエッセイ集。

memo

「私は突然脳梗塞の発作に襲われた。意識を失い緊急入院させられ、死線を彷徨ったのち臨死状態に陥った。生還したときには声を失って右半身が麻輝していた」(あとがき)

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佐藤正午■ 小説の読み書き

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むしろ作家自身が、無頼という言葉から一般に連想されるきわどい、綱渡り的な人生を送った/送っている、という噂が広まったとき、またはみずからそう告白したとき、

彼は無頼派と呼ばれる。それが無頼派の意味である。つまり作品はあんまり関係ない。〔略〕

で、無頼派の作家は例外なく結婚している。まちがいない。法の定める制度にいちばん縁遠いように思われる人たちが結婚しているのは、僕の考えでは、たぶんそれが無頼派になるためのスタート地点だからである。

無頼派には真っ先に、家庭を顧みない男というイメージがある。家庭を顧みないために、何が必要かといえば、顧みないための家庭が必要だろう。

まず結婚して家庭を持つ。そしてその家庭を顧みない。ないがしろにする。外泊して遊び歩く。ひとりの男は無頼派であるためにはひとりの夫でなければならない。

■ 小説の読み書き佐藤正午|岩波書店|200606月|新書|ISBN4004310245

★★

《キャッチ・コピー》

小説だって、おもしろいじゃん。「小説家の書き方」を小説家の視点から考える。読むことが書くことに近づき、小説の魅力が倍増するユニークな文章読本。

memo

たしかにかに、“「小説家の書き方」を小説家の視点から考える”んだが、枝葉末節過ぎておもしろくない。

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大嶽秀夫■ 日本型ポピュリズム――政治への期待と幻滅

20060630ootakehideo

外交問題についてとくに経験も主張もあるわけではない田中真紀子を外相に任命したとき小泉は、彼女が外務省改革に辣腕を振るってくれることを期待していたし、田中自身もそれを自らの第一の課題としたことは疑いない。

外交機密費の私的流用事件をはじめ、次々に出てくる外務省の不祥事は国民の激しい怒りをかっていたから、この問題に取り組めば、田中と小泉内閣とがさらなる人気を得ることは確実な状況であったからである。

しかし、政界では既に田中真紀子の常軌を逸した行動が広く知られていた。

一匹狼だった小泉は夜の宴会などで流通するそうした政界情報に疎く、また小泉の第一の(大物)秘書、飯島勲はマスコミとのつき合いを優先し、他の議員の秘書との交流も少なく、小泉と同様の状態にあった。

田中の任命が誤りであったとしたら、その第一の理由は彼らの(裏)情報不足にあった。

■ 日本型ポピュリズム――政治への期待と幻滅大嶽秀夫|中央公論新社|2003 08月|新書|ISBN4121017080

★★★

《キャッチ・コピー》

一九九〇年代以降何度か、突発的な人気を得、政治への期待を極度に高めた政治家が現れている。ブームを巻き起こした、細川護煕、菅直人、石原慎太郎、田中康夫、加藤紘一、田中真紀子、小泉純一郎らである。そこには、報道番組やワイドショーなどマスメディアとの相互作用があった。

memo

5章「テレビニュースの変容」の政治的意味に引かれた。

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日垣隆■ いい加減にしろよ(笑)

20060629higakiiikagenn

経営感覚が欠如したNPOは、当然のごとく赤字を蓄積し、周囲にも迷惑をかけざるをえない。

スタツフとして格安または無償のボランテイアに馳せ参じる若者たちには、ハードルの高い入社試験があるわけでもなく、やや戯画的に言えば、課長になるのに二〇年かかる企業と違ってNPOなら一年目から理事やら代表やらの肩書きも簡単に手に入る。

無償性は、「正しいことをやっている」幻想を根拠なく信じるバイパスになりかねない。

自立していない組織と、ボランテイア失業の若者はこうして、ブロツコリーやカリフラワー(バラバラにしても同じ形状のものが出てくる)のごとく相似形なのである。

■ いい加減にしろよ(笑)日垣隆|文藝春秋|200601月|ISBN4163678107

★★

《キャッチ・コピー》

許せないもの、徹底鑑定します。細木数子、平山郁夫から日本の警察、裁判官、NPO、野放しの性犯罪、数々のバカ本まで一刀両断!

memo

バカ本鑑定として「不倫幸福論」「確実に女をオトす法則」など、なぜ売れないこんな本を取り上げてているのか。日垣隆本もだんだんスカスカ本になってきた。

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加藤 昭■ 鈴木宗男研究

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辻本 社民党の辻元清美です。事実関係のみを、簡潔にお答えいただきたいと思います。

そして、鈴木証人のお母さんも、私と同じキヨミというお名前だと承っておりますが、お母さんに答えるように正直に包み隠さず(場内より、笑い声あり)お答えください。

〔略〕

鈴木 辻元先生の記憶には、私は到底及ばないと思いますけれど、(辻元委員より「ごまかすな」の声あり。場内より「何を言っているんだ」の声あり)十年前、十一年前、では辻元先生にもお尋ねしますけれど、(辻元委員より「その権利はないですよ、ダメ」の声あり。場内、ざわめき)先方の……私は……覚えているかどうかというのは、(場内より「議院証言法違反だぞ」などの声あり)委員長、私ははっきり申し上げて、覚えているかどうかでありますから、覚えていないということを明確にしておきたいと思います。(場内の騒ぎが続いている)

(予算委員会証人喚問 平成14311日)

■ 鈴木宗男研究加藤 昭 200204月|新潮社|ISBN: 4104536016

★★

《キャッチ・コピー》

中川一郎代議士の秘書を経て中川の変死後、出馬。瞬く間に外務省を牛耳る。北方四島等数々の疑惑…。「悪代官」鈴木宗男の闇を斬る。国政をも動かした大スクープの完全版。『週刊新潮』連載に加筆修正を加えて単行本化。

memo

さまざまな疑惑を追及するが、雑駁で信憑性に疑問も。

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佐藤優■ 国家の自縛

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ロシア側は二〇〇四年の秋以降に「二島返還」論を前面に出してきたわけですが、実は小泉総理とプーチン大統領が同年十一月にチリのサンティアゴのAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で会った際、日本側はここでもヘマをやらかした。

外務官僚が「総理、これを読んでください」と出した紙に従って小泉さんは「二〇〇五年の六月に愛知で行われる万博にはシベリアから来る冷凍マンモスが大きな話題になっています。その時に大統領も一緒に来ていただけないでしょうか」とこう言ったんです。

その後、私はロシアのある偉い人と会ったんですが、「おい、プーチン大統領はマンモスの付録か。日本は何を考えているのか。日本外務省の誰がこんな浅知恵を付けたんだ」と。

■ 国家の自縛佐藤優|産經新聞出版/扶桑社|200509月|ISBN4594050239

★★★

外務省が切り捨てた異能の外交官・佐藤優が外交の舞台裏から国家戦略まですべてを明かす。大反響『国家の罠』に続く第二弾。

memo

「愛国心教育を憲法で重視しろと言っていますが、かたちでやつたって絶対に中身は入りません。逆にきちんとした詰め込み教育で歴史を教える、日本の古典を教えるところから愛国心は出てくるんです」

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二木啓孝/歳川隆雄■ 宗男の言い分

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鈴木 僕はそのとき思った、外交というのは最低、人間対人間だぞ、しかもこれから情報戦だぞ、と。情報戦というのは、機械じゃない、ハート・ツー・ハートじゃないとだめだと。僕にはその視点があったのです。

―― ヒューマン・インテリジェンス、つまりヒュミント(人間による情報収集・分析)ですね。

鈴木 ええ。十年前から僕はそれを言ってきた。〔略〕例えば、これも結果論だけれども、去年のアメリカの9.11テロにしたって、アメリカは反省している。サイバー(情報工学)だとか、技術的なものはアメリカはぐっと力を入れてきたけれども、エリント・インテリジェンス(エレクトロニクスによる情報収集・分析)に依存しすぎてヒュミントの部分に力点を置かなかったのは間違っていた、と。

―― 9.11では情報不足だったと、米上院情報特別委員会の幹部が政府批判しています。

鈴木 情報不足だったということですね。マンパワーに予算を少なくしているから、結果的に大きなマイナスになったということを言っています。そういう点では、日本の場合は、僕は流れとしては間違っていなかったし、僕もその一翼を担ってきたと自負しています。

■ 宗男の言い分二木啓孝/歳川隆雄|飛鳥新社|200207月|ISBN4870315130

★★

《キャッチ・コピー》

数々の疑惑に包まれた男への25時間におよぶ、独占ロングインタビュー。彼は我々に何を訴えたいのか? 逮捕直前、国会喚問以来の完全沈黙を破り、全激白。

memo

いまいち意図不明の中途半端なインタビュー本。

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上原隆■ 雨にぬれても

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コンピュータに向かって「つ・ら・さ」と文字を打つ。次に「検索」のボタンをクリツクする。二秒後にパッと本の題名があらわれる。全部で十九冊。

『近世社会史』(原田伴彦著)、『おんなの曲線』(松田道雄著)、『柳田国男全集二五』……、九冊目に『森へ行く日、舟越桂作品集』という本が出ている。舟越桂という彫刻家の作品集だ。

「つらさ」というキーワードで検索して、なぜ画集が出てくるのだろう?

舟越桂の彫刻と「つらさ」。

気になる。ここは東京都立中央図書館、土曜日の午前十一時。私は文章を書くためにきて、なかなか書く気分にならず、ちょっとした準備体操のようなつもりで所蔵図書検索用コンピュータの前に座ってみたのだ。

『森へ行く日』は本棚に並んでいた。冒頭に小説家大岡玲の「舟越柱の木彫、あるいは生命のこだま」という短い文章があり、彫刻の写真が八七ページ続き、終わりの方に美術評論家酒井忠康の「遠くの人をみるために、舟越桂」という長い文章がある。どの文章の中にも「つらさ」という言葉は見あたらない。表紙から奥付まで「つらさ」という文字を探したが見つからない。

■ 雨にぬれても上原隆|幻冬舎|200504月|文庫|ISBN4344406532

★★★

《キャッチ・コピー》

人々の「生きる」姿にきっとあなたも励まされる。思わず涙が出て心がスッと軽くなるコラム・ノンフィクション待望の第三弾。

memo

コラム・ノンフィクションと称する分野。ビジュアル・マガジン見開き2ページにおさまるような「軽さ」が持ち味。

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佐藤優■ 国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて

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「国策捜査は冤罪じゃない。これというターゲットを見つけだして、徹底的に揺さぶって、引っかけていくんだ。引っかけていくということは、ないところから作り上げることではない。何か隙があるんだ。そこに僕たちは釣り針をうまく引っかけて、引きずりあげていくんだ」

「ないところから作り上げていくというのに限りなく近いじゃないか」

「そうじゃないよ。冤罪なんか作らない。だいたい国策捜査の対象になる人は、その道の第一人者なんだ。ちょっとした運命の歯車が違ったんで塀の中に落ちただけで、歯車がきちんと噛み合っていれば、社会的成功者として賞賛されていたんだ。そういう人たちは、世間一般の基準からするとどこかで無理をしている。だから揺さぶれば必ず何かでてくる。そこに引っかけていくのが僕たちの仕事なんだ。だから捕まえれば、必ず事件を仕上げる自信はある」

「特捜に逮捕されれば、起訴、有罪もパッケージということか」

「そういうこと。それに万一無罪になっても、こっちは組織の面子を賭けて上にあげる。十年裁判になる。最終的に無罪になっても、被告人が失うものが大きすぎる」

■ 国家の罠――外務省のラスプーチンと呼ばれて佐藤優|新潮社|200503月|ISBN4104752010

★★★★

《キャッチ・コピー》

外務省、検察庁、永田町を震撼させる衝撃の告白手記!

外務省元主任分析官は、政治と外交の最前線で何を見たのか?

有能な外交官にして傑出した情報マン──。国を愛し、国のために尽くしたにもかかわらず、すべてを奪われた男が、沈黙を破り、「鈴木宗男事件」の真実と、「国策捜査」の実態を明らかにする。

memo

 メディアがつくりあげたイメージとあまりにも異なる著者の手記。

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上原隆■ 雨の日と月曜日は

20060623ueharaamenohi

いずれにしても、ひとは他人とつながるために自分なりの触手を伸ばしている。

その触手がボランティアというひともいるだろうし、恋愛というひともいるだろう。仕事のひともいるし、趣味のひともいる。道端でギターを弾くひともいれば、ホームページで日記を公開するひともいる。

その触手が他人と結びついたときに幸せを実感するのだろうが、多くの触手は相手を求めて震えている。

「かけがえのない私」という心根の底には、私を捨てて他人とつながりたいという願

望が潜在している。

そう考えると、ホームページで公開されている日記のどれもが他人とつながりたいという孤独なつぶやきのように見えてくる。

■ 雨の日と月曜日は上原隆|新潮社|200506月|文庫|ISBN4101185417

★★

《キャッチ・コピー》

何がいけないわけではないのに、孤独でブルーなときがある。雨の日みたいな人生は、どうやり過ごしたらいいだろう。「日本のボブ・グリーン」による、不思議な安堵感に溢れたエッセイ集。

memo

1ミリでも変えられるものなら」(NHK出版)、改題。

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日垣隆■ 急がば疑え!

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悩みに時間を費やすことほど無駄なことはない。

言うまでもなく、悩みとは、二つ以上の選択肢のなかでどれも選べない心理状態のことだ。その総てを選べるのなら、人は悩まない。いずれにも一長一短があるから、ああでもないこうでもないと悩むのである。

とすれば、やはり悩むという行為自体が無駄だと言わざるをえない。

これが1番で、あれが2番……と順序が明確であれば、1番を選べばいい。第三の道がベストだったという場合も稀にはあるが、それを思いつかず悩んだ者が浅はかであるにすぎない。順序が明白でないにもかかわらず、どれかを択一しなければならない場合にのみ悩みは生じる。だから、即答するに限る。

選択する前にあれこれ悩んでも、やつてみないことにはわからない。そのような類の選択に人は迷うものなのである。直感でもくじ引きでもいいから迅速に選び、その後にこそベストを尽くす。それしか処方はない。

ベストな選択なるものが客観的に存在すると勘違いするから、その後に努力もせず、

失敗すると他人のせいにしてしまう。

■ 急がば疑え!日垣隆|日本実業出版社|200602月|ISBN4534040245

★★

《キャッチ・コピー》

「エコノミスト」連載の人気コラム「敢闘言」の2001年から2005年掲載分が待望の単行本化。世の中に潜む偽善を一刀両断!

memo

商品化に熱心な著者、賞味期限切れのコラムも商品化。

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多田富雄■ 独酌余滴

20060621tada

 コンビニが字句通り便利で、近代生活に不可欠なものになったことを否定するわけではない。それを絶対に必要としている人たちがいることも確かだ。必要があったからこそ今日の隆盛があるのだ。

しかし、〔略〕コンビニの普及は、明らかに文化の破壊につながったのだ。21世紀は、それぞれに個別的な文化や伝統を持った国家が、お互いに自己主張しながらインコンビニエンスに耐えて共存する時代になるだろう。

コンビニエンスを優先させたために個別的な文化を失った日本人が、本当に国際社会で生きてゆけるのか。大げさかも知れないが、私は不安に思った。

■ 独酌余滴|多田富雄|朝日新聞社|200606月|文庫|ISBN4022643676

★★★★

《キャッチ・コピー》

能をこよなく愛す免疫学の世界的権威。日本・世界各地を旅し、目にした人間の生の営み、自然の美、芸術などを、深遠かつ端正な文章で描く。

memo

「軽い酩酊の中で考えた余滴である」(あとがき)

――食物だけではない。文房具も衣料品も日用品も、どのストアで買つても同じものだとすれば人間の生き方そのものまで平均化されてしまう。

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深田祐介/古森義久■ アジア再考―外務省には任せられない! 

20060620hukadakomori

とにかく中国では汚職が多くて、当局も汚職を防止しようと「腐敗防止展覧会」を北京や上海で行っています。公務員は全員参加で、まるで小学生の「課外授業」みたいな話ですが感想文を書かせているそうです。

展覧会の内容はといえば、たとえば「厦門の何某はこういう汚職をした」という解説があって、その汚職したカネで建てたと思われる豪邸の模型が飾ってあるそうです。

それを見学した公務員は、みんな「実にけしからん。しかし私たちは誠心誠意、仕事に励み、潔白である」という報告文を出すわけです。そういう建前だけで、抜本的な改善がなされるわけがありません。

マカオが返還されましたが、これが汚職救済の洗濯都市になっているのです。なにしろ汚職がすごくて、中国での男性の定年60歳を目前にして、59歳になるとみんな汚職に走ります。これを「59歳の抵抗」というそうです。

汚職で手にしたカネをマカオヘ持ち込んで、「これは博打で儲けました」という証明書を買って故郷へ帰るという現象が起きているのです。

■ アジア再考―外務省には任せられない! |深田祐介/古森義久200111月|扶桑社|ISBN:4594033229

★★★

《キャッチ・コピー》

軍事大国化する中国に、なぜ巨額のODAを行うのか。韓国・中国にいつまで謝り続けるのか。パートナーの台湾に、なぜ冷たくするのか。国益を忘れた外務省になりかわり、最新東洋事情を分析し、日本の進路を明かす。

memo

一見コラムふうの対談集。アジアは一つではない、という。要するに日本が好かれているか、嫌われているか、の二つ。

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町田康■ 耳そぎ饅頭

20060619matidamimi

ところが、である。運転手は自分に驚くべきことを言った、すなわち彼は、このあたりにうまいものはない、と断言したのである。〔略〕

地元の運転手が言っている以上、ほんとうにうまいものはないのだろう。ということは、と、なにを食っても同じということであって、ということは、どこでなにを食うのか迷う必要もなく、また、たまたま入った店がまずかったとしてもまったく後悔する必要はない、なんとなれば、なにを食ってもまずいのだから、

ということで、考えてみれば実に爽快なアドバイスであり、自分は向後、旅人に、このあたりでなにかうまいものはないか、と訊かれた場合、さきの運転手のごとくに、このあたりにうまいものはない、と断言しよう、と心に決めた。

そのことが、結句、餓鬼道地獄に陥った人民の迷妄を断ち、安穏な食事に人民大衆を導くと知ったからである。

■『耳そぎ饅頭』町田康|マガジンハウス|200003月|ISBN4838712022

★★

《キャッチ・コピー》

偏屈にだけはなりたくない、と頑張って生きてきた。気づくと、もはやどうにもならぬ偏屈の谷底にいた。

今は、世の中の周縁部から舞い戻ったこの谷底で、偏屈もまた楽し、と呟いて薄く微笑んでいる。偏屈パンクの魂の記録。

memo

町田ぶし。独特の文体になじめないまま、読了。

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町田康/いしいしんじ■ 人生を救え!

20060618matidajinnsei

私の悩みは、何もやりたいことがないことです。〔略〕どうにも、こらえ性がなく、飽きっぽい性格なので、興味を持ったことも、すぐ嫌気がさしてしまうのです。今は家でグラブラしながら、今後のことを考える毎日です。〔略〕(神奈川県・フリーター、女性二十七歳)

……申し上げますれば、およそ世の中に、やりたいことをやって飯を食っている人などはいません。

やりたいことは金を遣ってやるからこそ面白いのであって、やりたいことをやって金が儲かってしまえば、それはもはや仕事なのであり、その瞬間、そのことはやりたくないことに変ずるのです。

つまり、やりたいことをやるためにはやりたくないことをやらねばならぬのであり、例えば一見、気楽そうに見える歌うたいなども、疑わしそうな視線のブッキング担当者やプロデューサーに自分の歌はいかに素晴らしく、いかに多くのお客を満足させるか、を先ず、説明しなくてはならぬのです。

この世の中はやりたいことだけをやって食っていけるようにデザインされていません。まったくいまいましいことですが、……〔略〕

■ 人生を救え!|町田康/いしいしんじ|毎日新聞社|200110月|ISBN4620315265

★★

《キャッチ・コピー》

東京の街を歩きながら、人生について語り尽くす20時間。―路上の大河対談「苦悩の珍道中」に加え、人生相談「町田康のどうにかなる人生」を収録。

memo

たしかに回答を読めば「人生、どうにかなる」

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高島俊男■ 漢字語源の筋ちがい――お言葉ですが…7

20060617takashima

わたしはよくしゃべってゲラゲラ笑う子どもであったようで、しばしば母親に「男は

片頬三年!」と叱責された。

「男は片頬でかすかに笑うことが三年に一度あればよい」を短縮して「片頬三年」と言うのである。

「男のおしゃべりはみっともない!」もしょっちゅうであった。〔略〕

ではいったいどんな顔をしていればいいのかといえば、ボーツとした顔をしていろと

わが母は言うのである。男というものは、うれしい時もつらい時も、同じ茫洋たる顔を

しているものだ、というのであった。

母はまたよく「男の目は糸を引け、女の目は鈴を張れ」と言った。これは美男美女の条件であるが、糸のような目なら喜んでいるのか怒っているのかわからず、それが男らしいから美男の条件にもなる、ということであったのだろう。

■漢字語源の筋ちがい――お言葉ですが…7高島俊男|文藝春秋|200606月|文庫|ISBN4167598086

★★★

《キャッチ・コピー》

漢字語源の俗説をついた連作をはじめ、名前にちなむ愉快な話、井伏鱒二が『唐詩選』から『臼挽歌』をへて名作『厄除け詩集』を作った経緯など、面白エッセイが満載。

memo

「お言葉ですが」7冊目。井伏鱒二「唐詩選」訳の追跡は圧巻。

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松浦玲■ 還暦以後

20060616matuura

これについて松子夫人の重要な証言がある。谷崎は六十七・八歳で病気に苦しむより前から不能だった。

松子夫人は「或は他の女性の場合なら」可能ではないかと、本心で勧めてみた。しかし谷崎は聞き流すのみ。逆に夫人が十七歳も若いので可哀そうだと涙する。そういう話は書斎に限られた。〔略〕

『少将滋幹の母』の前半は、八十に近い大納言国経が、舐めるように慈しんでいた美貌の若い妻を左大臣時平に奪われ、それに耐える話である。

その原稿を机上に置いた谷崎は、松子夫人を満足させられないことに涙し、思い決したように「浮気をしても構わないよ」と言った。

『還暦以後』松浦玲|筑摩書房|2006 06月|文庫|ISBN4480422366

★★★

《キャッチ・コピー》

古稀を過ぎて法難の旅に出た法然、明治政府に意見を言い続けた勝海舟、七十一歳で名作『鍵』を書いた谷崎潤一郎…彼らは「老年」の人生をいかに生き抜いたのか。

自ら古稀を迎えた歴史家が見つめた二十七人の還暦後。時に「性」を語り、時に「記憶」を分析する。興趣つきぬ歴史エッセイ。

memo

 「還暦以後」という発想がユニーク。類書、出よ。

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絲山秋子■ スモールトーク

20060615itoyamasumoru

「時々死にたくなるんだよね」

ばかじゃないの。ばかな上に不用意だ。

「氾濫した川テレビで見たりさ、高いところ登ったり、ホームに入ってくる電車とか見るとカウントダウンしてる俺がいるんだよ。5, 4, 3, 2って。2までしか行かないんだけどさ」

「なんでそんなこと考えるのよ」

「なんでだろう」

カマキリは一瞬何かを呑み込むような表情をした。

「俺達の暮らしってほんとリアリティがないだろ。だからときどき俺は女が欲しくなったり死にたくなったりするんだよ」

「あんた間違ってる」

心底呆れた。

「セックスはリアリティのためにするもんじゃないよ。自殺しようとしたって何も手に入らないし、どうかすると失うどころか山ほどイヤなことを背負い込むかもしれないんだよ」

『スモールトーク』絲山秋子|二玄社|200506月|ISBN454404099X

★★

《キャッチ・コピー》

「じゃ、回り道してやろうぜ。どうせこの世の全てが回り道なんだ」 6台のクルマをめぐる、回復と喪失の物語。車好きの楽しめる小説。

memo

横書き小説。くるま小説。おまけコラムつき。

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新潮社:編■ 新潮文庫全作品目録1914~2000 

20060614sinntyobunnko

戦争は出版界に大きな爪痕を残したが、新潮社は終戦の翌年に単行本五点、叢書二点の新刊を出して再出発を図り、翌1947年(昭227月には早くも第四次「新潮文庫」を復刊させている。

1回は川端康成『雪国』で〔略〕、続いて12月までに横光利一『紋章』、林芙美子『放浪記』、石坂洋次郎『若い人』上下、尾崎士郎『人生劇場・青春篇』上下、太宰治『晩年』など11点が刊行され、書店の空自の棚を埋めていった。〔略〕

編集の面で特筆すべきは、すべての書目に解説を付すということである。解説は戦前は「解題」という呼び方で、それもほとんど翻訳書に限定されていた。発表年代がせいぜい10年か230年前にすぎない作品に、解説は不要と考えられていたのであろうが、

戦後の大きな変動は一つ一つの作品に新しい評価や意味づけを迫ることとなり、解説が欠かせないものとなったのである。

たとえば『雪国』の解説を執筆した伊藤整は、主人公の島村が敏感なきびしい「感受者」のために、その「まわりに作られる世界は、現実の描写が、雪や家屋や風俗や虫などでかこまれていながら、ほとんど抽象に近くなっている」ということを指摘し、そのような主人公の思念が「抽出され、燃えあがり、変化する瞬間の美」こそが、この作品の本質であるとしている。

十枚ほどの短いものだが、初出や作者の経歴といった情報的な要素を一切含まない作品論で、現在の多くの解説スタイルとは異なる点に注目したい。

――『新潮文庫』出版史・紀田順一郎

『新潮文庫全作品目録19142000新潮社:編|2000年7月|新潮社|ISBN: 410740000X

★★★★

《キャッチ・コピー》

20世紀中に刊行した全7089冊の書誌を網羅。戦後刊行の作品には詳細な解説を付し、執筆者書誌総合索引等も記載。付録CD-ROMにはカバー写真、目録全文を収録、書誌検索機能を搭載。

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斎藤美奈子■ あほらし屋の鐘が鳴る

20060613saitouahorasi

ここに集めた文章は、その「pink」の創刊号から休刊号まで、32回にわたって連載されたコラムである。

読者である20代の女性の目線で、ときには彼女らの先輩として、読者が常日頃「あんちくしょう」とか「こんちくしょう」とか思っているにちがいない中高年男性と、彼らが牛耳る文化やメディアをちょいとからかってやろう、そんな気分でスタートした連載だった。〔略〕

大人の男性に対するたいへんサベツ的な視線を含んでいたわけで、「女に甘すぎる」だの「オバハンにも困ったヤツはいる」だのいわれたりもしたけれど、私にいわせりゃ、んなこと知るかい、である。だって日頃のお返しとして、「大人の男性」をここではわざと研究対象に選んだんだから。

このコラムが運載されていた199699年は、悪くいえば退屈な、よくいえばまだしも平和な時代だった。当時の首相は自社さ連立内閣の橋本龍太郎、米大統領はビル・クリントン、東京都知事は青島幸男だった。といえば、その「退屈/平和」さ加減が理解してもらえるだろう。

小泉純一郎(首相)+ジョージ・ブッシュ(大統領)+石原慎太郎(東京都知事)という攻撃的なカードが出揃うのはまだ先で、ふりかえれば「嵐の前の静けさ」だったようにも思われる。

『あほらし屋の鐘が鳴る』斎藤美奈子|文藝春秋|200603月|文庫|ISBN4167656531

★★

《キャッチ・コピー》

失楽園、もののけ姫、バイアグラ、ゴーマニズム宣言など、平成のおじさんたちの“勘違い”を、斎藤美奈子が「なにをゴチャゴチャゆうとんねん、あほらし屋の鐘が鳴るわ」とカーン。

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佐野眞一■ 響きと怒り――事件の風景・事故の死角

20060612sanohibikito

遣体がほとんど「原子化」してDNA鑑定以外に身元確認する方法がない、という話は、イスラム原理主義者たちの身元を割るためアメリカ政府がありとあらゆる方法を講じたという話と相俟って、小泉内閣が今秋(2001年)国会を通過させようとしている「個人情報保護法」への連想を誘った。

個人の情報を国家が一元的に管理しようとする発想は、国家と国家が対立する時代が去り、国家と個人が対時する時代に突入しつつあることの証ではないか。

それは今回の「戦争」にも言える。この「戦争」は二十世紀型の国家対国歌の争いではなく、世界じゅうの富を集めたメガロポリスと、そこに集中する金融や情報ファンクションに常を吸い尽くされつづけた世界で最も貧しき者たちとの闘いのはじまりではなかったか。

こうも思った。冷戦構造が終焉するまで、ニューヨークは確かに世界帝国の首都だった。しかし、冷戦構造が完全に終焉し、アメリカ経済が下降線に入ったいま、空ににじり登るような高層ビルを林立させた世界帝国の首都は、空疎な姿をさらけだし、廃墟に向かっていくだけではないのか。

『響きと怒り――事件の風景・事故の死角』佐野眞一|日本放送出版協会|200508月|ISBN4140810602

★★★★

《キャッチ・コピー》

JR西日本脱線転覆事故、17歳連鎖殺人事件、雪印乳業食中毒事件、JCO臨海事故、阪神淡路大震災、ニューヨーク同時多発テロ。

人びとを震撼させた六つの現場に刻印された「思い」と「叫び」。

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編集者の学校・編 ■ 日本の大事な話

20060611motokidaiji

森永卓郎 

小泉サンはいつも思いつきで行動する。インド洋ヘイージス艦を派遣したのもそうです。民主党の代議士がイラクの副大統領に会ったとき、こう言われた。イラクの敵は一位がアメリカ、二位イギリス、三位が日本だと。今まで日本は友好国扱いだったのに、この小泉パフオーマンスのおかげで日本はテロの標的になってしまったんです。

元木昌彦

 後先を考えないで発作的に物事を決めていく。一国の総理の器ではないんでしょうね。

森永 北朝鮮問題も同じですよ。今、ロシア、韓国、中国は、北朝鮮とは話し合い路線でいこうと言ってるのに、一人だけ危ない奴がいる、それが小泉サンなんです。おばかなブッシユ(大統領)と組んで金正日(総書記)を追い詰めたら危険ですよ、日本中にいる北朝鮮の工作員に原発テロをやられたらどうするんですか。皇室テロをやられたらどうするの、小泉泉サンはそういうことに……〔略〕

『日本の大事な話』編集者の学校・編 元木昌彦|ロコモーションパブリッシング|200511月|ISBN4862120253

★★★

《キャッチ・コピー》

どんなに時代が変わっても、忘れてはならない大事なことはあるものだ…。森永卓郎、山本容子、斎藤茂太、斎藤孝ほか計17名が語る、教育、人生、芸術、日本経済の大事な話。

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絲山秋子 ■ 逃亡くそたわけ

20060610itoyamatoubou

記念館の横にちょっとした喫茶店があって、あたし達はランチメニューを眺めた。

「諭吉定食ってなんだろ」

「唐揚げ定食ですって書いてある」

「なんで福沢諭吉が唐揚げなんだよ!」

なごやんは大声をあげた。心底不服そうだった。あたしは笑いだした。

「よかやん、唐揚げ、おいしいやん」

「そうじゃなくてなんで……大分だったらもっとあるだろ、豊後牛のステーキとかさ、関アジとかさ。諭吉って名前つけるならもっと…‥」

「万券一枚分のディナーってことかいな」〔略〕

どうやら唐揚げは中津の名物らしかった。

■『逃亡くそたわけ』絲山秋子|中央公論新社|200502月|ISBN4120036146

★★

《キャッチ・コピー》

21歳の夏は一度しか来ない。あたしは逃げ出すことにした。

軽い気持ちの自殺未遂がばれて、入院させられた病院から。

逃げるのに思いつきで顔見知りを誘った。24歳の茶髪で気弱な会社員。

……おんぼろ車で九州の田舎町を駆け抜けるふたりの前にひろがった暑い夏の物語。

糸山秋子初の書き下ろし長編小説。

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絲山秋子 ■ 海の仙人

20060609itoyamaumi

「何もしないからな」

「ん。わかってる。あたしもすぐ眠るから」

「ああ、眠った方がいい、疲れただろう」

誰かと一緒に寝るの、久しぶり。すっごい安心する

「寝るときは一緒でも眠りにおちるときは独りだぞ」

「うん、眠るときと死ぬときは独りなんだ……」

『海の仙人』絲山秋子|新潮社|200408月|ISBN4104669016

★★★★★

《キャッチ・コピー》

背負っていかなきゃならない最低限の荷物……それは孤独。

海辺の街にひっそりと暮らす青年とふたりの女と出来そこないの神様・ファンタジーが奏でる切ない愛の物語。

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花田紀凱 ■ 編集者!

20060608hanada

『噂の真相』のページの欄外に「一行情報」というのがある。それこそ業界の噂話を一行にまとめた欄なのだがよく読まれている。

あの一行情報にだけは書かれたくないと思っていたらイキナリ書かれてしまった。

〈花田編集長、銀座ママに入れあげて高輪通いの毎日という未確認情報〉

おいおい、未確認なら書くなよといいたいところだが、『噂の真相』だからしかたない。〔略〕だいいち高輪通いって何だ? 一応、抗議の電話を入れたが、むろん例の調子である。

それにしても銀座ママとはなあ……と考えていたら思い当った。一月ほど前、記事のことでちょっとしたトラブルがあり、話し合いのため高輪のホテルのコーヒールームで一時間ほど相手の女社長と会っていた。

その女社長、昼問だというのに濃い化粧でハデななりをしていたのである。その気で見れば銀座ママに見えないこともない。ああだこうだ話し合っていたのも遠くから見たら、喋々晴々と見えたかもしれない。

う―んあれか、あれを目撃されたのか。

『編集者!』花田紀凱|ワック|200503月|ISBN489831080X

★★

《キャッチ・コピー》

できるわざ、人間関係のツボ、情報をとる技術が満載。

作家、著者とのつきあいから学んだこと、スクープとアイディアこそ雑誌づくりの愉しさ、ぼくの取材トラブル体験、ぼくの敬愛する編集者たちなど、「できるワザ」「人間関係のツボ」「情報をとる技術」が満載。

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横堀幸司 ■ 木下恵介の遺言

20060607kinositakeisuke

「青空に雲がないから撮らない」

この言葉は、映画にこめる木下恵介独特の美学と、ディレクター・システム下の監督の力を伝える名言として、今も活動屋たちの語り草となっている。

百目を超す小豆島ロケの『二十四の瞳』でも、天気待ち、雲待ちは毎日の出来事だった。〔略〕

「天気待ちが多くてね。〔略〕ちょうどそのころ、高松に黒澤組の『七人の侍』のロケが来てて、次の日も曇りなら撮影はお休みだから、みんなで快速船に乗って見にいこうってことになっていた。で、次の日は案の定曇りだったので行こうとしていたら、木下さんがみんなに相手にされないもんだから、急に『ラストシーンは雨にする』なんて言い出して、それで雨を降らして撮影したんです」〔略〕

木下さんにとってこの作品のラストカットは、光射さず、雨が休みなく降り続く、暗く悲しい場面でなければならなかった。〔略〕

そのとき雨と決めたのは、木下さん特有のナイーヴな思いつきではあっただろう。がこの希代まれな天性のカンが、作品のラストをそのように方向づけたのだと思う。

奇しくもこの名作は、黒澤に嫉妬したお蔭でその思想性を誤らなくてすんだ。屋島にたなびく暗雲の何と切なく悲しいことか。それは木下さん自身の孤独でもあった。

『木下恵介の遺言』横堀幸司|朝日新聞社|200008月|ISBN4022575247

★★★

《キャッチ・コピー》

映画監督・木下恵介とはいかなる人物であったのか。木下恵介との35年間の交際を通して描かれた様々なエピソード。映画界の記録としても、作家論としても読み応えのある一冊。

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関川夏央 ■ 白樺たちの大正

20060606sekikawasirakaba

大正の時代精神の産物に「成功青年」と「煩悶青年」というのがある。

「成功青年」は功利について実業界に野心を抱く者たちで、

「煩悶青年」は哲学などを学んで自己とはなにかなど、答えの出にくい問題に拘泥する内向型青年である。

大正後半期にこのふたつのタイプが合体して多数の小説家志望者を生んだのは、中等教育の普及と大衆の向上心が「読者」という巨大な集団を存在させたからであった。

「読者」が大量にいる場所は「市場」である。そこで「煩悶」を文芸として表現して「成功」する可能性が生まれたのである。

なかば諧謔とはいえ、井伏鱒二は「大正末年の東京に釣師二十万人、小説家志望の青年二万人」と書いた。

■『白樺たちの大正』関川夏央|文藝春秋|200510月|文庫|ISBN4167519119

★★

《キャッチ・コピー》

「白樺派」はかねてから“能天気な理想主義者”の代名詞であった。いまや完全に忘れ去られ、顧みる人すらいない。しかし、と著者はいう。

武者小路実篤は一時代の革命者であり、志賀直哉は最先端思潮の体現者だったのだ、と。「新しき村」運動を軸に、大衆化に向かう近代史上の一大画期を描き出す渾身の力作評論。 

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小林信彦 ■ 昭和の東京、平成の東京

20060605kobayashitoukyou

浅草生れの石川淳は、同郷の久保田万太郎をひどいハニカミ屋だったと書いているが、

総じて下町の人間はなぜトッツキが悪くムスッとしているのか。毒舌を吐くのか。

それらは、すべて、テレ、ハニカミのせいのようである。恥しいので、ようでもないことを喋りまくり、そのような態度に、たちまち自己嫌悪、いや気がさしてムッツリしてしまう。

これは下町の人間が、主として東北や新潟出身者の子孫だからではないか。どこか暗く、減亡のうたをうたいがちなのは、そのせいだと思う。谷崎が反発を感じて関西に去ったのも、束京人のこのような気質――律義さの裏にある因循姑息なもの――への嫌悪ゆえのようである。

そのように心弱い人間が、他人に傷つけられず、他人をも傷つけぬために長いあいだかかって作りあげたのが東京弁ということになりはしまいか。

『昭和の東京、平成の東京』小林信彦|筑摩書房|200204月|ISBN448081440X

★★★

《キャッチ・コピー》

昭和の匂いも薄れた東京に残っているものは?  変貌する町・東京を、日本橋に生まれ、青山や六本木で青春時代を過ごした著者が回想する。

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久世光彦 ■ 私があなたに惚れたのは

20060604kuzewatasiga

たぶんこの世の〈幸福〉というものは、古い友達であれ、昨日会った人であれ、あるいは家族であれ――そのほとんどは〈人〉によって齎(もた)らされるものなのだ。

それなのに年々人の名前を忘れてゆく。顔ははっきり浮かんでも、名前が出てこない。

久保田万太郎に《秋風や忘れてならぬ名を忘れ》という句があるが、恩を受けた人、たつた一夜だったが、いっしょに泣いてくれた女(ひと)、心ならずも傷つけてしまった人―― どの人も〈忘れてならぬ〉名前ばかりである。〔略〕

生きている時間とともに、人の名前は増える一方だから、新しい名前が入ってきた分、

古い時代の名や、関わりの薄い名は締め出されてしまうのだ。――したがって、それは〈老化現象〉や〈ボケ〉ではないから心配しなくてもいい。―― 養老さんはそうおっしゃたが、そうは言われても、やはり寂しいことではある。

『私があなたに惚れたのは』久世光彦|主婦の友社|200205月|ISBN/4072333948

★★★

《キャッチ・コピー》

今までに、いったい何人の人と知り合ってきたことだろう。向田邦子から田中真紀子まで幅広い交友関係を持つ著者の、73人の親友への熱いラブレター。畏友の素顔を描く傑作人物エッセイ。

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丸谷才一 ■ ゴシップ的日本語論

20060603maruya

太宰は深刻苛烈に生きる私小説作家で、自殺願望の強いたちで、マルクス主義からの転向と女関係のせいで悩みつづけた文学者である。

さう相場が決つてゐる。しかし、ちよつと待つて下さい。別の面もあるかもしれないぢやありませんか。〔略〕

人間は多面的なものだし、文字者はその多様性を生きる自由を存分に与へられてゐるはずなんです。

私小説と転向の作家、太宰にも意外にモダニストといふ局面があつて、そこにおいては彼はレトリックの名手でありました。

彼の作品のさういふ性格をみんながもっと認め、評価し、喜んでゐれば、彼の世界はもつと違つてゐたかもしれない。

何しろあの人は甘つたれで、人気を気にしてばかりゐたから、私小説の時代においては自虐的な筆致でみんなに気に入られようといふ姿勢が強かつた。それにあのころの日本文字では、文学は泪で書いたり、血で書いたりするものと思はれてゐた。

今でもひよつとするとさうかもしれないけれど。でも、本当のことを言ふと、文字は言葉で作るものなんです。

『ゴシップ的日本語論』丸谷才一|文藝春秋|200405月|ISBN4163659307

★★★

《キャッチ・コピー》

テレビとケータイが日本語に与えた深刻な影響とは? 昭和天皇の「ア、ソウ」と近代日本が背負った重荷! 「猫被りの香具師のモモンガーの…」漱石の悪態づくしから学ぶ。さらに鏡花、折口から歌舞伎に現代思想まで、刺戟に満ちた講義、対談が満載。

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大川渉 ■ 文士風狂録・青山光二が語る昭和の作家たち

20060602ookawaaoyama

織田作之助の遺体は昭和221947)年112日、西五反田の桐ヶ谷火葬場で荼毘に付された。青山光二は、太宰治、林芙美子、十返肇らとともに骨を拾った後、銀座の料亭「鼓」で喪主が開いた“仕上げ”の宴に出席した。

宴が終わると、帰る方角が同じだった青山と太宰はタクシーに乗り込んだ。

「一緒に死のうよ」

タクシーが渋谷に近づいたとき、太宰は突然、青山に言った。

「死のうよ、生きていたってしょうがないじゃないか」

死ぬ、という物騒な言葉を繰り返すので、運転子は気味悪がって、何度も振りかえった。

太宰は「鼓」で酒をかなり飲んでいたが、それほど酔ってはいないようだった。

太宰さん、男同士が一緒に死ぬなんてみっともないですよ。死ぬのなら、相手は女の方がいい……」

どうこたえていいのか困った青山が、つぶやくように言うと、

「そうかね」

太宰はくすっと笑って、この話を引っ込めた。

『文士風狂録・青山光二が語る昭和の作家たち』大川渉|筑摩書房|200512月|ISBN4480885242

★★

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焼け跡、カストリ焼酎、ヒロポン…混沌の時代を彩った小説家の群像! 現役最高齢、最長不倒作家の記憶。

戦中・戦後・現代と3つの時代を生きぬいてきた作家・青山光二。盟友・織田作之助との青春時代や、太宰、安吾、林芙美子、三島ら文士たちの素顔を語る。

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手嶋龍一 ■ ウルトラ・ダラー

20060601tejima

「マイケル、第二次大戦前はイギリスもポンドが、そして戦後はドルが、基軸通貨として世界に君臨してきた。だが、それはいつでも金と兌換できるという実力の裏づけがあってのことだった。

しかし、アメリカは、もう三十年も前に金との交換を停止してしまっている。こうしてドルと銘打った紙切れが量産されていく現場にいると、アメリカこそ壮大な紙幣乱造国家だという気がしてくるな」〔略〕

「マイケル、いまやドル紙幣は、その七割が海外で流通している。つまり、世界中でアメリカだけが、利子を払う必要のない『ドル紙幣』という名の米国債を発行していることになる。こんなうまい商売は世界中にたった一つしかない」

「たしかにその通りだ。でも、その利子を払わない米国債を誰よりも欲している連中がいる。それは香港、コロンビア、シチリアのマフィアたちだ。ドルのキャッシュさえもっていれば、銀行口座やクレジットカードから足がつくことはない。ドルを手にすることは究極のマネー・ロンダリングなんだ。その意味では持ちつ持たれつだな」

『ウルトラ・ダラー』手嶋龍一|新潮社|200603月|ISBN4103823038

★★★★

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「拉致」衝撃の深層! 昭和43年暮れ。東京・荒川に住む若い彫刻職人が、忽然と姿を消した。それから35年以上の月日が流れ、ついに全貌が明らかになる…。ダブリンに超精巧偽百ドル札あらわる! 震源は「北」。

前NHKワシントン支局長の著者が放つ衝撃のドキュメンタリー・ノベル。

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遙洋子 ■ ハイブリッド・ウーマン

20060531haruka2

私は女性の涙を多く見てきた。

子供抱えた無職の女が「これからどうしよう」と立ったまま流す涙や、尽くして貢いで全財産使って捨てられた女のぼろんぼろんの涙や、身体張って仕事獲得して上司の機嫌とってそれでも絶対出世しないと知った女の歯ぎしりの涙だった。

それは私が知る限り、絶望の涙だった。

男の涙と女の涙は中身が違う。

男の涙を過大評価する必要を私は感じない。

めったに泣かないのは、めったに泣かずにすむほど、恵まれていた可能性もある。

男性の涙を見ると、私は憐憫どころか、ムカツクことのほうが多い。

『ハイブリッド・ウーマン』遙洋子|講談社|200301月|ISBN406211478X

★★

《キャッチ・コピー》

男の涙の読み取り方、恋愛の品質管理の仕方、上司に見せる顔と同僚に見せる顔の使い分けなど、女性が「低燃費・高出力」で行くためのススメ。ハイブリッド・ウーマンという「いいとこ取りの女」になるためのガイド。

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遙洋子 ■ 介護と恋愛

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そりゃ私だって自分の親が気になるわよ。でも里帰りしたって自分の親の食べ物の好き嫌いもわからない。もう何十年も一緒にいないからさあ。今、身体のどこが悪いとかもわからない。

大事にしようという気持ちがあっても、しかたがわからないのよ。でも義理の親なら好き嫌いなんて山ほど言えるし、体調も持病もすべて知ってる。なにをしてあげたら喜ぶかもね。

私が親孝行しようと思ったら、やり方がわからない実の親じゃなくて、やり方を知ってるほうの親しか大事にできないんだよ。

辛抱したわ。順番だって思ってね。私が嫁いできたように、私の実家に嫁いでいく女性もいる。じゃあ、私がこっちの親をよく知っているように、私の親を私よりよく知る女性もいる。そしたら私は義理の親を大事にすればいいんだって思ったわ。

むこうは、お嫁さんが私の親を大事にしてくれるんだから。実際どうかは見えないけれど、そう信じるしかないじゃない。だから、介護も私はしようって思えたのよ。そうでも思わなきゃ、なんで他人の親の老後の面倒みれんのよ。自分の親、放ったらかしなのにさあ」

『介護と恋愛』遙洋子|筑摩書房|200203月|ISBN/JAN4480814418

★★

《キャッチ・コピー》

ニューヨークで出会ったとき、私は女優の卵、彼はパイロットを目指す若者。帰国した2人だったが、私には父の介護が。ウンコとオムツの間をぬって続く仕事とデート。恋と介護に揺れ動く怒涛の日々を綴る。

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小澤實 ■ 万太郎の一句

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本人が俳句を余技であると言っていることについても、さまざまに含まれるものがある。「余技」との自称は一見、自然な謙遜であるように見える。しかし、ことば通りに受け取ると、こぼれ落ちてしまうものがあるように思う。〔略〕

しかし、万太郎はそうは思っていない。「余技」こそが俳句にとって本筋であると思っているのだ。

ここに万太郎の「余技」を貫くこころを読み取った。近代の俳句は、虚子を始めとする、本技として俳句を選んだものが主流をなすと考えられているのだが、それを拒むこころでもあろう。その主流派は「花鳥訊詠」や「新興俳句」あるいは「人間探究派」といった旗印を掲げたり、主張を競いあったりしてきた。

万太郎はそういう運動が俳句の本質を損ねてしまうと感じていたのではないか。俳句には大声を立てると失せてしまう微妙なものがあることを、万太郎はまず自らの作品に聞き取っていたのではないか。

われとわがつぶやきさむき二月かな   万太郎「春燈」

「余技」ということばは、また、人につよく働きかけるような表現を抑えようとする意思の表明とも言える。人に見せるという意識を抑えに抑えたことによって、かえって、一句は作者の分身となる。燻し銀の存在感を宿らせる。

『万太郎の一句』小澤實|ふらんす堂|200507月|ISBN4894027453

★★★

《キャッチ・コピー》

久保田万太郎の代表句から366句を取り上げて鑑賞を加える。通して読めば万太郎の人生が見えてくる。

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大森望/豊崎由美 ■ 文学賞メッタ斬り!

20060528bunngakusyou

*文学賞の心得

芥川賞は、目利きじゃない。

村上春樹も島田雅彦も

高橋源一郎も逃している。

直木賞は、賞を与える

タイミングを間違えている。

文芸誌新人賞は、

宝くじを買うつもりで読め。

江戸川乱歩賞は、

ミステリ界のセンター入試である。

ファンタジーノベル大賞は、

現代文学の新しい才能を

生み出している。

文学賞は、作家のためにある

(読者のためにあるのではない)

『文学賞メッタ斬り!』大森望/豊崎由美|パルコ出版局|200403月|ISBN4891946822

★★★

《キャッチ・コピー》

業界騒然!読書家待望! 小説が100倍楽しくなる痛快文学賞ガイド

文学賞ってなによ? 芥川賞・直木賞から、話題のホラー小説大賞、メフィスト賞、ファンタジーノベル大賞まで、50を越える国内小説賞について、稀代の読書家大森望・豊崎由美の二人がアンタッチャブル徹底討論!

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小島 政二郎 ■ 俳句の天才―久保田万太郎

20060527kubotakojima

終戦

何もかもあつけらかんと西日中

終戦の日を、俳句にした人がいるだろうか。私は万太郎のほかに一人も知らない。

あの日の悲しみ、途方に暮れた落胆、「あつけらかんと」と「西日中」に圧縮した彼の詩魂に私は圧倒された。「何もかも」も、「あつけらかん」も、「西日中」も、みんな東京人の俗語だ。

あの大きな敗北の光景を、東京人の俗語だけで描き出した万太郎の腕前に、私は舌を巻いた。事実、「あつけらかん」としか云いようがなかった。「何もかも」だった。事実、「西日中」だった。

その俗語がみんな生きて、呼吸しているではないか。悲しみの表情を浮かべて、途方もない大きなスケールを持って、溜息をついて、唯あっけらかんとして――

同じ日に―― 終戦の日に、万太郎は次のような句を作っている。

八月二十日、燈火管制解除

涼しき灯すゞしけれども哀しき灯

『俳句の天才―久保田万太郎』小島 政二郎|彌生書房|198006月|ISBN:4841504729

★★★★

《キャッチ・コピー》

俳句は写生ではない抒情詩である。芭蕉の詩学を継承して俳句を抒情詩に甦らせた万太郎俳句の魅力を、歯切れのいい語り口でたっぷりと玩味する。

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北村薫 ■ 続・詩歌の待ち伏せ

20060526siikanomatibuse

『膽大小心録」は、上田秋成の随筆集です。〔略〕ご紹介したいのは三十二段ですが、〔略〕

   河内の国の山中に一村あり。

樵者あり、

母一人男子二人、女子一人ともに親につかへて孝養足る。

一日(ひとひ)村中の古き林の木をきり来たる。

翌日兄狂を発して母を斧にて打ち殺す。

弟亦これを快しとして段々(だんだん)にす。

女子も又俎板(まないた)をさゝげ、庖刃(ほうちやう)をもて細かに刻む。

血一雫も見ず。

大坂の牢獄につながれて、一二年をへて死す。

公朝その罪なきをあわれんで刑名なし。                              

樵者とは、きこり。親孝行で評判だった子供たちが、楽しげに起こした事件です。江戸の昔ですが、狂気ゆえとして罰せられなかった、と書いてあります。

母殺しに人食い。ここにあるのは、タブーを失う恐さ――まさに人間かどうかのスイッチが、カッチンと別の方向に切れてしまう恐さです。

わたしは、『古典文章宝鑑』を拾い読みしていて、これに出会ったのです。《日本のショートショートの、あるいは散文詩の、傑作のひとつだな》と思いました。こういう文章を採って示すのが、アンソロジストの腕でしょう。読ませてもらえてよかった、と思いました。

■『続・詩歌の待ち伏せ

』北村

|文藝春秋|200504月|ISBN4163668500

★★★

《キャッチ・コピー》

すこやかな「好奇心」と鋭敏な「感性」。読者を心地よく耕す、豊かな

北村

ワールド。

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司馬遼太郎 ■ 歴史を動かす力―司馬遼太郎対話選集(3)

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司馬 大きな政治的社会的ショックがあたえられると、きのうまでの権威を平気で捨てて今日からの権威に乗り換える。この凄味は、よろこんでいいのか、悲しんでいいのか、それはいずれであるにせよ、日本人のエネルギーになっていることは確かです。〔略〕

奈良興福寺といえは大そうな寺ですが、そこへ「僧たちはあすから春日神社の神主に

なれ」という新政府のおふれが、一片の紙きれでやって来た。

他の国なら軍隊が出動したり、戦争になったり、死の抗議があったり、大変だと思うのですが、ああそうですか、と千年の仏教を捨てていっぺんに神主になってしまっている。

しかも昨日まで拝んでいた仏像を、これはきょうから不要やというので、坊さんたちは叩き割ってたきぎにして風呂をたてた。ホトケ風呂というので、当時は奈良でも評判だったそうです(笑)。

海音寺 勾配が早すぎるね(笑)。

司馬 終戦のときも、同じでしょう。今日からデモクラシーや、とわっとそれへゆく。これを民族的欠陥とすれは、相当な欠陥です.個人がもしこうなら、誰も人は信用しません。

『歴史を動かす力―司馬遼太郎対話選集(3)』司馬遼太郎|文藝春秋|200605月|文庫|ISBN4167663236

★★★

《キャッチ・コピー》

司馬が永く徳とし続けた海音寺潮五郎との、二昼夜に及ぶ対談「日本歴史を点検する」をはじめ、江藤淳、大江健三郎、子母澤寛らが登場。歴史の転換期、おもに幕末を透徹したまなざしで振り返る。

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荻原浩 ■ 明日の記憶

20060524asaitanokioku

 記憶が消えても、私が過ごしてきた日々が消えるわけじゃない。私が失った記憶は、私と同じ日々を過ごしてきた人たちの中の残っている。〔略〕

 だいぶ前に一度つくっただけなのに、指が覚えていた。頭は記憶を失っても、体には記憶が残っている。私にはまだ動く指がある。動かせるうちはだいじょうぶ、私はちゃんと生きているのだ。

 自分の病気も、もう恐れはしなかった。私自身が私を忘れても、まだ生命が残っている。そのことを初めて嬉しいことだと思った。

『明日の記憶』荻原浩|光文社|200410月|ISBN4334924468

★★★★

《キャッチ・コピー》

知っているはずの言葉がとっさに出てこない。物忘れ、頭痛、不眠、目眩――告げられた病名は若年性アルツハイマー。どんなにメモでポケットを膨らませても確実に失われていく記憶。そして悲しくもほのかな光が見える感動の結末。

上質のユーモア感覚を持つ著者が、シリアスなテーマに挑んだ最高傑作。

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森繁久弥/久世光彦 ■ 生きていりゃこそ

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過ぎ去った日のことは、正確な記録に残されるより、曖味な記憶の中にあった方が、よほど美しいし懐かしい。あのころ〈ホームビデオ〉なんかなくてよかった。

人生の記録などというものは、飛び飛びでいいのだ。それを繋ぐのが想像力で、そこから浮かび上がってくるのが情感というものなのだ。

いまみたいな記録の時代になってくると、〈思い出〉とか〈追憶〉とかいう言葉は、痩せて冷たいものになってしまうことだろう。〈詩〉に色と匂いがなくなり、〈森繁節〉は滅びていくしかない。〔略〕

「このごろは面倒だから、昔のことは忘れた忘れたで済ませていますが、本当のところは、結構憶えているものです。

一つ思い出すと、芋蔓式にどんどん思い出します。親父のシャツの釦や、母親の着物の柄――集中すれば、薄闇の中からゾロゾロと出てきます。それをメモしておけばいいのでしょうが、それがもどかしい。

私の頭に浮かんだものと、それへの思いを、自動的に写しとる方法がないものですかねえ」

『生きていりゃこそ』森繁久弥/久世光彦|新潮社|200505月|ISBN4103545054

★★★

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九十一歳になりましたが、まだ人間がわかりません。生きるって難しいですねぇ――。名優の人生を聞き出してまとめた「週刊新潮」好評連載の珠玉エッセイ

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魚住昭 ■ 野中広務 差別と権力

20060522nonakauozumi

それにしても、なぜ学会はそれほど野中を恐れたのか。

「まあ、理由はいろいろありますが‥…」

と言いよどんだ後で、岡本が例を挙げたのは学会発行の「聖教グラフ」に関することだった。聖教グラフには、池田と外国要人などとの会見場面を撮った写真がたびたび掲載された。

写真のバックには学会施設にあるルノワールとかマチスとかいった有名画家の高価な絵が写っているんですが、野中さんがそれを創刊号から全部調べ上げて、学会が届け出ている資料リストと突き合わせた。

その結果、届出のない絵がいろいろあることが分かったというのです」〔略〕

後に野中が自公連立政権作りを成し遂げた後、有力支持者の一人が「どうやって学会

・公明党とのパイプをつくったんですか」と野中に聞いた。

すると野中はこう答えたという。

「叩きに叩いたら、向こうからすり寄ってきたんや」

『野中広務 差別と権力』魚住昭|講談社|200605月|文庫|ISBN4062753901

★★★★

《キャッチ・コピー》

権謀術数を駆使する老獪な政治家として畏怖された男、野中広務。だが、政敵を容赦なく叩き潰す冷酷さの反面、彼には弱者への限りなく優しいまなざしがあった。

出自による不当な差別と闘いつづけ、頂点を目前に挫折した軌跡をたどる講談社ノンフィクション賞受賞作。

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成瀬桜桃子 ■ 久保田万太郎の俳句

20060521kubotanaruse

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

万太郎の不慮の死の三ヶ月ほど前につくられた句で、いまや絶筆の句のように思われている。余計な句解をするより万太郎の同じ頃の作である次の小唄を参照するほうが確かだ。

身の冬の

とゞのつまりは 湯豆腐の

あはれ火かげん うきかげん

月はかくれて 雨となり

雨また雪となりしかな

しよせん この世は ひとりなり

泣くもわらふも

泣くもわらふもひとりなり

この作詩は辻嘉一氏の著『現代豆腐百珍』に「序にかえへて」として寄せられている。

風雪の人生を生きて来た万太郎が、文化勲章受章者という栄誉の反面、妻子を喪い、さらに晩年ようやく得たしばしの安息も、愛人に先立たれたあとの「しよせんこの世はひとり」の泣き笑い一枚の嘆きの述懐である。

一喜一憂、人生風雪のはての「うすあかり」は、無風の透きとおった「いのちの火」の認識だといえよう。

『久保田万太郎の俳句』成瀬桜桃子|ふらんす堂|199510月|ISBN4894021323

★★★

《キャッチ・コピー》

生涯をかけて詠いつづけた万太郎俳句には、戯曲・小説家としての栄誉とはうらはらに、人生流寓の深い孤独と歎かいが底に流れている―。

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岡野宏文/豊崎由美 ■ 百年の誤読

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岡野 Yoshi『Deep Love第1部 アユの物語』、泣けた泣けた、こんなヘドロゴミみたいなものを読まなくちゃならないことに、血の涙が出ました。〔略〕

岡野 これ、初出が携常web小説だったわけで、あの小さな画面で読めるように打ち込むことと、内容の浅はかさや、アユの視野の狭さは、無関係じゃないかもしれない。

文章やエビツードを、「ので」とか「から」とか、因果関係で結ぶと長くなっちやって画面に入りきれず、読みにくくなっちゃうから、論理も極端な単純化へ向かい、プロットを使った物語展開もできなくなっちゃう。〔略〕

豊崎 この『百年の誤読』を編集してくれてるアライさんが、美容院に行ったとき、若い美容師の女の子に「お客さん、縦書きの本を読めるなんですご~い」って感心されたことがあるんだって。

で、「あたし、縦書きの本を読んでると眠くなっちやうんですよ―」だつてこの本も横書きになってるし、とうとう縦書きでは読めなくなっている人たちが出てきたんですよ。

あ―、日本で焚書坑儒が起きたら、そういう縦書きを読めない連中を焚いて、この本を盛大に燃やしてやりたいっ!

『百年の誤読』岡野宏文/豊崎由美|ぴあ|200411月|ISBN483560962X

★★★

《キャッチ・コピー》

あの「ダ・ヴィンチ」の大人気連載を大幅加筆、遂に単行本化。二十世紀の百年間に日本文学史上で話題となったベストセラーを希代の本読みふたりが大解剖。

文学的評価や世間の評判なんて歯牙にもかけず、ダメなものはダメと断ずる痛快至極な文芸対談。

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沢木耕太郎 ■ 一号線を北上せよ―ヴェトナム街道編―

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そのカフェで、私はホットティーを頼んだ。店の女性に、ヴェトナム風のお茶だがいいかと訊ねられ、もちろんと答えた。温かいお茶なら、ヴェトナム風であろうと、中国風であろうとかまわなかった。

ひとくち飲むと、温かさが胃で融け、ゆっくりと体に伝わってくる。もしかしたら、そのとき私はふっと小さく息を吐いたかもしれない。

旅をしていると大事なことがわかってくる。寒いときには温かいお茶が一杯飲めればいい。おなかがすいているときはおむすびのひとつ、フォーの一杯が食べられればいい。

生きることに必要なものはほんのわずかなのだということがわかつてくる。

旅から帰ると誰もがすぐにそのことを忘れてしまう。だが、それはそれでいいのだ。旅先で覚えたその痛切な思いは、決して消え去ることはない。私たちの体のどこかに眠っていて、必要な時に呼び覚まされることになるはずなのだ。

『一号線を北上せよ―ヴェトナム街道編―』沢木耕太郎|講談社|200605月|

文庫|ISBN4062752719

★★★

《キャッチ・コピー》

旅に出たい――身を焦がし、胸を締めつける思い。ホーチミンからハノイまで、〈私〉は幹線道路をバスで走破するイメージに取り憑かれてしまった。「一号線を北上せよ!」テーマ別に再編集を加えた「夢見た旅」の記録の文庫化。

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戸板康二 ■ 久保田万太郎

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俳句を余技としばしばいいながら、その俳句が万太郎にとっては、自己の芸術境として最も住みやすい場所であったのは確かで、十七字の短詩の中の小さな宇宙に、思いを托し、信じられる限りの美しさを描こうとした。

そういう俳句には、挨拶の句がおびただしい。前書には、万太郎のその時々の心境が露骨に示されてもいる。

万太郎が、俳句という自分にとって最も住み心地のいい詩形の中で、人に対して、前書をつけた句を贈るという方法による好意の示し方は、万太郎の淋しがりやである、あの性格と直結していたともいえよう。

『久保田万太郎』戸板康二|文藝春秋|198308月|文庫|ISBN4167292025

★★★

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小説家、俳人、劇作家、演出家と広い分野で大をなした久保田万太郎は終始 "市井の隠者" の姿勢をくずさず自己を語ることは稀であったので、その人物像には知られざる面も少なくない。

若くして人となりに接した筆者は、多作をしりぞけ完成度を追求した万太郎の純粋性に光をあて、俗伝を正しつつ人と文学の軌跡を平明にたどる。

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角川春樹 ■ わが闘争――不良青年は世界を目指す 

20060517kadokawaharuki

なぜおれが会社の規模を大きくしない、社員数を少ないままにすることにこだわっているのかと言えば、それには理由がある。

好きな歌手の中鳥みゆきに「帰省」という曲がある。その中の一節に「人は多くなるほど物に見えてくる」という歌詞がある。

まだ角川書店の社長時代であるが、当時、伊藤忠の特別顧問だった瀬島龍三さんを訪ねて、会社に行った。ちょうど出勤時間と重なって、伊藤忠のOLやサラリーマンとエレベーターで一緒になった。

彼らを見ると、誰一人として、人間の表情をしていない。まさに「物」だったのだ。そのときおれはゾッとした。あのような大企業になると、人は人間の表情を失っていくと思った。

大企業になるほど、その中で働く人間が物になっていく。すると、「私はここで働いているんだ」という意識などなくなっていく。もちろん、人生を「ゲームとして楽しむ」などという余裕もない。

組織が大きくなると、一人ひとりのキャラクターが生きなくなる。そこで考えたのは、一人ひとりの個性が生かされるのは、せいぜい五十人以内の組織ではないかということだった。

そんな思いがあったのだが、それを中島みゆきが、ズバリと歌詞にしていたのだ。改めて、おれは、人間を生かす組織の適正人数を考えざるをえなかった。だから、おれは角川春樹事務所の社員数を絶対に五十人以上にはしないと決意している。

それは、社員にも、仕事を通じて、おれのように人生を楽しんでもらいたいからだ。

■ 『わが闘争――不良青年は世界を目指す』 角川春樹|イースト・プレス|20056月|ISBN4872575660

★★

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日本で最高の「カリスマ」と呼ばれる男が、2年5ヵ月3日間の刑務所生活から生還した。角川書店時代の父との確執、「出版革命」と称された経営術、麻薬事件、社長追放劇、そして弟との決別…。波瀾の人生のすべてを語る。

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藤原審爾 ■総長への道(前篇)(後篇)(番外篇)

200605

「やくざってものは、そうでなくっちゃいけねえンですよ。人間の屑で、ろくでなしなんですよ。

こんなものは、はやくなくなってしまうのが、世の為なんですよ。

そこが大根(おおね)のことで、それをちゃんと知ってるから、命を賭けやすいんですよ。度胸ばかりで命を賭けるのは、自棄(やけ)ってことでね。

それも時と場合ですが、しかしねえ、そこのところを恥じていなきゃ、人間の屑だと思ってなきゃ、まともに、表を歩けませんぜ。馬鹿じゃねえンですからね。

だから商売でもしてもちっとらくに暮そうと、人並のことを考えるのが、恥しくてね、許せねえんですよ」

『総長への道』藤原審爾|前篇・後篇・番外篇|角川書店|19801983年旧版文庫|ISBN4041257131404125714X404125728X

★★★

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激動の昭和初期。急速に発達する資本主義の波にのまれ、やくざは一介の暴力団と化しつつあった。自分をおしころしても仁義に生きるか。それとも、力だけを頼りに人を従えていくか。「男とは何か」を現代に問う、任侠小説の白眉。

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絲山秋子 ■ イッツ・オンリー・トーク

20060515itoyama1

本間は散歩の嫌いな犬みたいに後ろからついてきた。星を見上げながら、ああ、またやってしまうのだなと思った。

本間が酔いつぶれて前後不覚になって眠ってしまえばいいのに、そうしたらセックスしなくて済むのに、と思った。どうして自分が本間に限ってそんなように思うのか判らなかった。

私は誰とでもしてしまうのだ、好き嫌いはあまり関係ない、淋しいとかじゃない、迷わない、お互いの距離を計りあって苦しいコミュニケーションをするより寝てしまった方が自然だし楽なのだ。

お酒を飲んで頃合いで「する?」と一言聞けば断る男なんて滅多なことじゃいない。だがしてしまえばそれっきりで、そうやって私の周りからは男友だちが一人ずつ姿を消していくのだった。

それはパンをトーストするのと同じくらい単純なことで、理由も名前もない、のっぺらぼうのトーストは食べてしまえば実にあっけらかんと何も残らないのだ。

『イッツ・オンリー・トーク』絲山秋子|文藝春秋|200605月|文庫|ISBN4167714019

★★★

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EDの議員、鬱病のヤクザ、痴漢、いとこの居候遠い点と点とが形づくる星座のような関係。ひと夏の出会いと別れを、キング・クリムゾンに乗せて「ムダ話さ」と歌いとばすデビュー作。

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川口松太郎 ■ 久保田万太郎と私

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日が幕れて来て花火がぼんぼん上り出す。乱れ柳とか流星とか昔ながらの古風の打ち上げを見ながら酒がはずむ。久保田は酒を味わって飲むのではなく、グイグイと引っかけ飲みだ。好きで飲むのではなく酔うのが目的だからピッチが早い。〔略〕

「先生には花火の句が沢山ございますね

『花火あがるなり煮びたしの鮎に箸』〔略〕

『猪口の手にうつりて消ゆる花火かな』

結構ですね、うつりて消ゆるといういい廻しの綺麗なこと、大好きな句です」〔略〕

オヤジはもう御機嫌だ。酔もまわって来たし、花火は威勢よくあがっているし、自作を記憶している幇間に気をよくして、

「酔いて来ぬ花火いよいよとめどなく、というのはどうだい」

「成程、ちょうど今の感じですね、

『花火あぐこの恋ばかり消さじとて』というのがございましたが、この恋というのはどの恋でござんしょうか、こりゃ只じゃすみませんよ先生」

「いやな句をおぼえてやがるな」

めったに恋というような文字はお使いにならないんですが“この恋ばかり消さじ”というのは聞きすてになりません、どうでしょう皆さん〔略〕

「“花火あぐこの恋消せとばかりにて”、ならいいだろ」

いよいよ御機嫌で即興の洒落も出て来た。

『久保田万太郎と私』川口松太郎|講談社|198311月|ISBN4062008262

★★

《キャッチ・コピー》

出逢いの日から師弟そして共に生きた半世紀を回想。作家として、俳人として、演出家としての人間久保田万太郎の素顔と魅力とその人生を清冽に浮き彫りにする。

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戸板康二 ■ 万太郎俳句評釈

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一葉が没したのは明治二九年の十一月二十三日であった。

一葉忌は、季題として歳時記にものっている。万太郎の句として、

あらひたる障子立てかけ一葉忌

一葉忌ある年酉にあたりけり

これは、たまたま二十三日が三の酉になったという意味で、これも浅草の酉の市が日常的なものとして身辺にあった万太郎らしい句といぇる。〔略〕

石蹴りの子に道を聞き一棄忌

という句もある。昭和二十四年の作だが、もうこのころ一葉の旧跡に碑でも建っていたのではあるまいか。

「石蹴りの子」というのにも、「たけくらべ」に出て来そうな下町の子の姿がうかんで来るようだ。

何かの時に、万太郎がこんなことをいった。

「一葉は若くして死んだ。気の毒だが七十八十まで生きて、芸術院の総会に出て来たりしないで、よかった」

『万太郎俳句評釈』戸板康二|富士見書房|199210月発売|ISBN4829172177

★★★★

《キャッチ・コピー》

万太郎の公私に精通し、その人と文学を敬愛してやまない著者が、秘話をまじえて綴る俳句評釈。

作句の現場を再現しながら作品の背景をいきいきと語り、万太郎俳句の技巧と風格を浮き彫りにする。

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垣根涼介 ■ ワイルド・ソウル(上・下)

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踊り舞うシランダ

人生を輪舞するサンバのように

廻っていた いまも廻るよ

シランダを踊る娘の

レース飾りのスカート

その輪の中に〔略〕

家族以外誰もいない入植地の小さな世界。その世界を司る父と母は、子供にとって全能の神に等しい。その神に蛆虫が湧き、腐ってゆく。それでも子供は神の元から離れられない。

こいつも自分の過去にケリをつけるために、今ここにいる――。

いまでも踊りつづける

黒人女の背中の上に

いまでも泣く子をなぐさめているよ〔略〕

老婆の人生のさまざまな曲がり角に

輪は廻り、転がってゆくためのもの

転がってゆく人生

輪をごらん 輪をごらん

輪は廻り、転がってゆくためのもの

転がってゆく人生

シラングの輪をごらん〔略〕

ついに計画は動き始めた。もう後戻りはできない。だが、喜びなどどこにもない。あるのは苦い現実感だけだ。かすかなため息が洩れる。本当にこれでよかったのか?

『ワイルド・ソウル(上・下)』垣根涼介|幻冬舎|200604月|文庫|ISBN43444076604344407679

★★★★

1961年、衛藤一家は希望を胸にアマゾンへ渡った。しかし、彼らがその大地に降り立った時、夢にまで見た楽園はどこにもなかった。戦後最大級の愚政“棄民政策”。その40数年後、3人の男が東京にいた。

 史上初の3賞受賞を果たし、各紙誌の絶賛を浴びた不朽の名作。

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司馬遼太郎■司馬遼太郎対話選集(1)この国のはじまりについて

20060511shiba01

出雲に行き、松江のまちを夕暮れどきに歩いておりますと、なるほど出雲美人だというのに何人かすれちがいますね。造形的な美人というより、なにか迫るものといった感じの美人……。〔略〕

日本の古い時代の美人というものの基準は、出雲美人だったろうと思うんです。というのは、秋田美人とよくいいますけれども、これは、明治以後にいわれたことではないか。

明治以後に、ああいうコーカサス型の顔をもった造形を美人だと言い出したのは、横浜に外国人が来たりして、ああきれいだな、と思ったところから、秋田あたりにも似たやつがおるなということで、美人の標準が少し変わったんじゃないか。その前は朝鮮美人であった。つまり出雲美人のことでしょうが。〔略〕

たとえば薩摩で、いまちょっととしよりくらいしか言いませんが、ひじょうな美人を見たとき、「コーライおごじょがごとある」と言うんです。

おごじょというのは薩摩弁で娘ですが、コーライというのは、別嬪というものの一つの基準みたいになっておって、日本全体がなんとなくそういうことがあって、いまでも大衆に人気を博する歌手とか映画女優とかは、どうしても朝鮮型――ウラル・アルタイ系でしょう。

そして個性的などといわれているのは、どちらかというとちょっとインド・ヨーロッパを思わせるような彫りの深い顔で……。

『司馬遼太郎対話選集(1)この国のはじまりについて』司馬遼太郎|文藝春秋|200604月|文庫|ISBN416766321X

★★★

《キャッチ・コピー》

司馬遼太郎の「対談」は彼の作品であり、そのなした厖大な仕事の山脈のひとつである―そのような考えに基づいて編まれたこの対話選集は、各界の第一人者60人と縦横に語り合った、司馬対談の集大成といえる。

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北村薫■ 詩歌の待ち伏せ(2)

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しばらく前の「天声人語」に「碩学」という言葉を使ったら、そういう言葉は避けるように《書き方を工夫された方がいいのではないか》と《ご忠告》があった、と書かれていました。インターネットで大学生十人に聞いてみたが、その言葉を知らなかったというのです。

《だから使え》というのが、普通の考え方だと思います。人は知らない言葉を聞くことによって、語彙を増やして行くのです。誰だって、そうして来たじゃありませんか。

その言葉を知らなくとも、大抵は前後関係で分かるものです。分からなければ調べればいい。少なくとも文系の大学生が「碩学」程度の言葉を避けていたら、本など読めるわけがありません。

高跳びのバーを次から次へと下げて行くようなやり方が、競技の水準を、上げるか下げるか。答えは、分かり切っています。

忠告者の意見に従うなら、ついには国中で、幼児語をしゃべるしかなくなるでしょう。

『詩歌の待ち伏せ 2

 

』北村

|文藝春秋|200603月|文庫|ISBN4167586037

★★★

《キャッチ・コピー》

掉尾を飾る中井英夫と中城ふみ子の往復書簡への思いは圧巻。真の読書家である作家のすこやかな好奇心と鋭敏な感性によって読者もまた心地よく耕される、豊かな

北村

ワールド。

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別冊宝島編集部■ 高村薫の本

20060509takamurakaoru

高度成長期をさかいに、この日本の社会構造や産業の形態が、大学という知や近代の教養を必要としなくなったのだと言われたら、

これも時代の流れとして受け止めるべきなのかとも思いますが、70年代からすでに30年が経って、はたしてこの流れは正しかったのかという思いがあるのも事実です。

と言いますのも、近代の小説はまさに、人間とはなにか、世界とはなにかを書くべく生まれてきた形式ですから、人間とはなにかを突き詰めることが不要なら、小説も不要ということになります。

私が特別に理屈っぽいというわけではないと思うのですが、実際、私の書くものはこ難しい、読むのが面倒くさい、とよくいわれます。

『高村薫の本』 別冊宝島編集部|宝島社|20063月|文庫|ISBN4796650849

★★★

《キャッチ・コピー》

高村薫が自作を語りつくす! 小説の裏舞台を公開! 高村薫公認!合田刑事、復活!あの幻の名作『東京クルージング』をマンガ化!

高村薫が今一番会いたい人物・竹内洋教授に聞いた「新しい教養」とは? まるごと一冊高村薫の本。

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安岡章太郎■ 私の濹東綺譚

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……私は、二十歳のとしに『おかめ笹』を読んで初めて荷風の世界に触れた。

小説を読んでいるときの面白さよりも、読み了(おわ)った後の索漠たる感懐の方が、いまの私には一層ありありと記憶に残っている。

小説に堪能した後の喪失感、これが逆にどれほど自分の日常生活がツマらぬものであるかを思い直すようになる。

そのたびに一歩一歩私は荷風の世界に引き込まれて行った。

 『私の濹東綺譚』安岡章太郎20037月|新潮文庫|ISBN 410113108

★★

《キャッチ・コピー》

『濹東綺譚』が書かれた戦前の昭和に自らの若き日を投影しながら、円熟の作家が名作の背景を辿る。

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久保 博司■ 新宿歌舞伎町交番

20060507kabukityo

歌舞伎町交番は、コマ劇場と花道通りを隔てて斜向かいに位置している。

歌舞伎町二丁目四十四番二号。

これが歌舞伎町交番の所在地である。東京都健康プラザの広大な敷地の一角である。

交番を出て花道通りを東へ、区役所通り方向へ行くと、通りの左側にホストクラブやヘルスなどの風俗店が目白押しである。そして、区役所通りと花道通りとの交差点の左側角に風林会館がある。

この周辺に、日本ヤクザや中国マフィアが最も密集している。暴力とシャブが集積する一角といってもよい。

歌舞伎町交番から左側、職安通り方向へ向かえば、ホテルや旅館が密集する。通りには売春婦が立っている。セックス欲をズバリ満たすゾーンといえる。

このように、歌舞伎町交番は、正面に暴力とシャブの集積する一角をにらみ、左手にセックスゾーンを、右手に歓楽ゾーンをかかえている。

日本で最も多忙であり、最も懐が深く、最も危険な交番なのである。

だから、新宿署地域課の中でも、最も有能で士気の高い警察官が配属される。そして、半年か一年ほど歌舞伎町を「経験」し、捜査や防犯などの内勤専務員に抜櫂される。歌舞伎町交番での一年は、他の交番の三年から五年に匹敵するからだ。

■ [新宿歌舞伎町交番』久保 博司 20063月|講談社文庫|ISBN:4062753421

★★★

《キャッチ・コピー》

欲望あふれる街・新宿歌舞伎町にうごめく人々とそこで起きるさまざまな事件を、交番勤務の警察官の姿を通じて描く、迫真のレポート!

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中島誠之助■ ニセモノ師たち

20060506nakajima

私はプロの骨董商であると同時に、趣味人でもあります。私に限らず、日本の骨董商の典型はみな一様にして、この矛盾を抱えて生きています。

だから昔の骨葦商は、自分の品物を売るときはニコリともしないわけです。ありがとうございますともいわないし、オークションで売れても、不機嫌です。品物を分けてやるから持っていけという態度。〔略〕

モノがよく売れても、けっしてうれしそうな顔にはならない。ほとんどの日本の骨董商は委託業者ではないから、越味人である自分のコレクションを売らなければならないという大きな矛盾を抱えている。〔略〕

生産性のない社会に身を置いている宿命として、自分の気に入った品物を手放すときに悲しみがかならずある。仕入れたぞ、入手したぞ、買ったぞという喜びは一瞬のもので、次の時点で売ることを考える、そしていつかは白分の手元を離れてゆく。これの繰り返しで、生産のない品を追いつづけるという、ゴールなきマラソンをやっているのが骨董商だと思います。

では、骨童商の心の勲章とは何か、商人として満足感は何かといえば、あそこの美術館に所蔵されているあの品やだれそれの所持している何々は、かつて自分が扱い、自分がおさめたものだということであり、その実績が心の勲章として誇りになってゆくんです。

そういう見えない勲章だけを胸にして、骨董商は生きているんです。

『ニセモノ師たち』中島誠之助|講談社|200507月|文庫|ISBN 4062751372

★★★

《キャッチ・コピー》

人気テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」でおなじみの著者が、禁を破って書いた、ニセモノの世界。

「品物は口を利かないが、人間は口を利く」。当代一の目利きが骨董の真贋鑑定を通して明かす、ホンモノの見分け方と人間鑑定術。

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藤原正彦■ 国家の品格

20060505hujiwara

新渡戸は日本人の美意識にも触れています。「武士道の象徴は桜の花だ」と新渡戸は

言っています。そして桜と、西洋人が好きな薔薇の花を対比して、こう言っています。

「桜はその美の高雅優麗が我が国民の美的感覚に訴うること、他のいかなる花も及ぶところではない。蓄薇に対するヨーロッパ人の讃美を、我々は分かつことを得ない」〔略〕

蓄薇は花の色も香りも濃厚で、美しいけれど棘を隠している。なかなか散らず、死を嫌い恐れるかのように、茎にしがみついたまま色褪せて枯れていく。

それに比べて我が桜の花は、香りは淡く人を飽きさせることなく、自然の召すまま風が吹けば潔く散る。

「太陽東より昇ってまず絶東の島嶼を照し、桜の芳香朝の空気を匂わす時、いわばこの

美しき日の気息そのものを吸い入るるにまさる清澄爽快の感覚はない」

この清澄爽快の感覚が大和心の本質であると、新渡戸は説いています。

■ 『国家の品格』藤原正彦200511月|新潮社|新書|ISBN 4106101416

★★★

《キャッチ・コピー》

日本は世界で唯一の「情緒と形の文明」である。「論理」と「合理性」頼みの「改革」では、社会の荒廃を食い止めることはできない。

いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、「国家の品格」を取り戻すことである。

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大下英治■ 小泉は信長か―優しさとは、無能なり

20060504oositaeiji

信長好きの小泉は、信長を反面教師としているはずだ。信長のように明智光秀をつくらないためにも、ポスト小泉に名の挙がった連中を内閣に取り込み、改革を競わせている。

唯一光秀になる可能性のあるのは、今回の内閣改造にあえて入らなかった福田の存在であろう。福田のもとに、反小泉の議員たちが結集しかねない。が、万が一彼らが結集して立ち上がったときには、小泉はすでに総理大臣の座を去っている。信長のように討たれることはないのだ。

小泉は、総理の座を降りた後、ただちに議員を辞めるか、次の総選挙までは議員をつづけるが、そのとき政界を去る。

その後は、祖父の刺青の又次郎のように隠居生活を楽しむ。中曽根康弘のようにこの国のありようについていつまでも論じることなく、生臭い俗世間から離れ、オペラや歌舞伎を堪能し、余生を悠々自適に過ごすであろう。

■ 『小泉は信長か―優しさとは、無能なり』 大下英治|幻冬舎|2006 04月|文庫|ISBN4344407644

★★

《キャッチ・コピー》

「永田町の変人」にして国民から圧倒的支持を受けた政治家、小泉純一郎。本人周辺への徹底的な取材をもとに照れ屋で人見知りだった少年が「改革の鬼」になるまでを追った感動の政治ドキュメント。「小説小泉純一郎・信を貫いて恐れず」改題。

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岩見隆夫■ 孤高の暴君 小泉純一郎

20060503iwamitakao

八月八日の参院本会議で郵政民営化法案が否決、廃案になった時点が、小泉も、

「谷底に突き落とされた」

ともらしたように、マイナスのどん底である。通常なら、ここで内閣総辞職してもおかしくない。

しかし、小泉という暴君的な狂気じみた首相は、森喜朗前首相、福田康夫前官房長官、河野洋平衆院議長ら周囲の反対を蹴散らすようにして、衆議院解散の挙に出たのだ。

「あってはならないこと……」

と中曽根康弘、宮沢喜一ら首相の先輩たちが批判したのは当然で、憲法上も重大な疑義があった。

しかし、小泉は追い打ちをかけるように、郵政法案に反対投票した綿貫民輔前衆院議長、亀井静香元政調会長らを非公認にして追放し、落下傘の刺客まで送り込む強硬策に出た。〔略〕

表向きは、郵政民営化の是非を問う政策選挙を装いながら、内実は小泉流の高等テクニックによって、

〈冒険する頼もしい指導者〉

のイメージづくりを仕上げ、当人も予想しない圧勝をもたらしたのだ。壮大なフィクションというほかない。正規の手続きは省略され、議会制民主主義がかすんだ。

しかし、勝てば官軍である。〔略〕

小泉は戦後政治史に間違いなく名を残すだろう。民主的な名宰相としてではなく、シティボーイのしゃれた暴君として。

■ 『孤高の暴君 小泉純一郎』岩見隆夫|大和書房|2006 04月|文庫|ISBN 4479300244

★★

《キャッチ・コピー》

「常識破りの天才である。大衆迎合のテクニックを駆使して、戦後ナンバーワンの人気首相となった。しかし、おもしろいからといって必ずしもいい政治指導者とはかぎらない」

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嵐山光三郎■ 文人暴食

20060502arasiyama

向田(邦子)さんは料理が上手な人であった。気にいった料理に会うと、一瞬瞑想してその味を記憶にとどめ、自宅で再現してみせた。

向田さんにあっては、シナリオやエッセイを書くことと同レベルの情熱を料理にかけた。向田料理の傑作品は、居酒屋「ままや」の酒肴となり、いっそうみがきがかかった。

「うどの皮のきんぴら」「にんじん・きゅうり・セロリのピクルス」「竹の子焼き飯」「ねぎみそ」「わかめのいためもの」「鶏のわさびソース」「あじの干物とポテトのサラダ」「大根と牛肉のうま煮」「春菊としめじの卵とじ」「ねぎとかつお節の手巻きごはん」「クレソン炒飯」「ピーマンの焼き浸し」と、どれをとっても普通の板前には思いつかないひらめきがある。

なかでも傑作はゆで卵のソース漬けである。ゆで玉子をウスターソースに酒少々を加えたつけ汁に二晩漬けこんだだけのものである。

深夜、向田さんの家を訪ねた人は、みな、一見珍妙なゆで玉子に舌鼓をうったという。

■ 『文人暴食』嵐山光三郎|新潮社|200601月|文庫|ISBN 4101419086

★★★

《キャッチ・コピー》

本職が牛乳屋の伊藤左千夫は丼飯に牛乳をかけてもりもり食べたそうな。そして美食家の折口信夫は若い頃のコカイン常用で殆ど嗅覚がなかったし、アル中の極みは若山牧水だった。ああ、食は人なり。三十七文人の食癖にみる近代文学史。『文人悪食』の続編。

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井上章一■ 性の用語集

20060501inoue

性の歴史に関する研究会をはじめて、もう十二年たつ。私のつとめる日文研でも、その延長上に「性欲の文化史」という共同研究班を、発足させた。この本も、その成果報告をなす一冊にほかならない。たくさんの研究者に、このテーマではささえてきてもらったなと思っている。〔略〕

ちなみに、表紙の「関西性欲研究会」という名前ですが、これは偽名です。じっさいには、ただの性欲研究会ですし、あるいは日文研の性欲班です。

「性」の本だから「関西」であおろうという営業方針に、私たちは妥協しました。関西人のひとりとして、屈辱をかみしめています。第二編の刊行へこぎつけるための方便だと思って、たえるしかありません。

 『性の用語集』井上章一|講談社|2004 12月|新書|ISBN4061497626

★★★★

《キャッチ・コピー》

「性」はいつからセックス的意味になった? なぜ、陰毛が「ヘア」なのか? そうして「風俗」は「フーゾク」になったのか? 「性の言葉」の起源と変遷。

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佐々木崇夫■ 三流週刊誌編集部――アサヒ芸能と徳間康快の思い出

20060430sasakitakao

あるホステスの覚醒剤がらみの事件取材の折、彼女が勤めるクラブに乗り込みママに聞き込みをして帰ろうとすると、黒服(マネジャー)から「お車代です」と封筒を渡された。手触りから中身が札だと判断、「なめんじゃねェー」と怒鳴りつけたことがある。

あまりの剣幕に驚いたマダムが間に入り「いつも皆さんにはいただいてもらってますから」と言う。「皆さん」とは他の雑誌とかの記者を指すのかどうかは存知上げないが、こと『週刊アサヒ芸能』の記者にはあってはならない「お車代」だった。

取材において、金銭をもらうという行為は徹底的に禁じられていた。「一銭でもゼニをもらったらオシマイだと思えよ」――新米記者のときから“耳タコ”で聞かされたいい意味での脅し文句だった。

『週刊アサヒ芸能』はある時期、毎週のようにネオン街情報と称し銀座ネタで誌面を飾ったことがある。「銀座ホステス必読の書」と言われた所以だ。私とか“銀座情報通”の特集部長だけではなく、何人もの記者が銀座を駆け回り、ときには社員同士で鉢合せするほどの力瘤の入れようだった。

だからこそ“謝礼”ないし“どうかお手柔らかに”の金銭授受はあってはならなかったのだ。断言できるが、『週刊アサヒ芸能』の記者でそうした誘惑に負けたという話は露ほども聞いたことがないし、実際に皆無だった。『週刊アサヒ芸能』の銀座関連特集に定評があったのはこの矜持の以外の何ものでもなかった気がする。

■ 佐々木崇夫『三流週刊誌編集部――アサヒ芸能と徳間康快の思い出』20063月・バジリコ・ISBN 4901784994

★★★

《キャッチ・コピー》

ヤクザ、エロ、スキャンダル。戦後出版史上、ひときわ異彩を放つ週刊誌アサヒ芸能。

その黄金時代と怪人徳間康快の思い出を綴ったインサイド・ドキュメント。

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■ 垣根 涼介『ラティーノ・ラティーノ!南米取材放浪記』

20060428kakinetyousuke

そのときの感覚を、今もうまく言葉にはできない。大事なものほど明確な言語にはなりにくい。何故なら、それは意識の彼岸にあるものだからだ。

だが、そのときに思い出した言葉なら、いくらでも並べ立てることができる。〔略〕

ヴィトリアで親しくなったTさんの言葉。

「他の町はよく知らない。でも、やっぱりこの町が一番だと思うんだ。美しいと思うんだ」〔略〕

マナウスのオッサンも答えた。

「たぶん、あんたが今言ってるのは、ブラジル語で言う“アモール“のことだよ。もっと広い、からりと乾いていて……う―ん。とにかく無償のもんだよ」

サン・パウロで仲良くなったBさんも言った。

「あんたがもし今が楽しかったら、その楽しかった思いを、いつか誰かに分けてあげればいい。そういうふうにして、世界は繋がってゆくもんだよ」

それらの言葉が一気に噴き出し、ぼくのアタマの中でぐるぐると廻った。廻りつづけた。不意に泣きたくなった。うまく言えない。うまく言えないが、大事なものは、大事な感覚は、いつだって身近に転がっている。ただそれは石ころのようにさりげなく道端に転がっているので、ほとんどの場合、知らずにその前を通り過ぎてしまう

■ 垣根 涼介『ラティーノ・ラティーノ!南米取材放浪記』 200604月・幻冬舎・ISBN4344407652

★★

《キャッチ・コピー》

某年某月、作家は小説執筆のため、ブラジルとコロンビアの二十数都市を訪れた。喜怒哀楽全開で人々と語り、大地の音に耳を澄ましながら突き進む放浪取材。

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■ 網野 善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』

20060428amino

ポルトガルの宜教師ルイス・フロイスの書いた、『日欧文化比較』という小さい書物があります。〔略〕

フロイスは十六世紀の中ごろ、一五六二年に日本に来て、一五九七年に世を去るまで、三十五年間、日本で生活をしました。その生活のなかで、日本の習俗とヨーロッパの習俗との間に非常なちがいがあることをつぶさに見て、そのちがいを項目別に書き上げたものが、この『日欧文化比較』―― 『日本覚書』という本なのです。その第二章に「女性とその風貌、風習について」という一節があります。〔略〕

たとえば、「日本の女性は、処女の純潔を少しも重んじない。それを欠いても名誉も失わなければ結婚もできる」。〔略〕

さらにまた、「ヨーロッパでは妻を離別することは最大の不名誉である。日本では意のままにいつでも離別する。妻はそのことによって名誉を失わないし、また結婚もできる。日本ではしばしば妻が夫を離別する」というように、これまでの常識から考えると、これは本当かな、と思うようなことをのべているわけです。

「日本では、堕胎はきわめてふつうのことで、二十回も堕した女性がある。日本の女性は、赤子を育てていくことができないと、みんなのどの上に足を乗せて殺してしまう」。「日本では比丘尼の僧院はほとんど淫売婦の町になる」

これを一読したとき、これはフロイスの偏見ではないかという印象を私自身も持ちました。〔略〕

そこで少し詳しくフロイスの指摘を検討しているうちに、私は、どうもこれはみな本当のことなのではないか、と思うようになってきました。

■ 網野 善彦『日本の歴史をよみなおす()』 20057月・ちくま学芸文庫・ISBN: 4480089292

★★★★

《キャッチ・コピー》

覆された歴史常識。もの言わぬ民が語りだす。網野史学のエッセンス。

日本はほんとうに農業社会だったのか。海と非農業民を切り捨てた歴史をふり返り、日本社会のイメージを根底から問いなおす。

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■ 佐藤 忠男『長谷川伸論―義理人情とはなにか』

20060427hasagawashin

……長谷川伸の股旅ものを、単純に、やくざの世界の封建的な義理人情を礼讃するもの、というふうに理解する人が多いが、それは違っている、と言わなければならない。

長谷川伸は、やくざの封建的な義理人情を礼讃したことはなかった。彼はむしろ、封建的な親分子分関係から逃げよう逃げようと努力するやくざを描きつづけたと言っていい。

問題は逃げようとする動機である。〔略〕

すりとかやくざとか、下層社会を腕と度胸で渡っている男たちが、その腕を発揮して、争いの相手の男をやっつけて男ぶりをあげたとき、彼は、孤独なアウトローの自分よりもっと悲しい存在である相手の男の女房や情婦を悲嘆のどん底につきおとすことになる。

そこで、その女にすまないと思い、すまない気持を切々と告白する。そして彼は、はじめて、自分がやくざな人間であることをつくづくと恥じる。〔略〕

長谷川伸のヒーローたちは、やくざの世界が封建的であるからそこから逃げようとするのではなくて、やくざでは女を仕合わせにできないから、泣きの涙につき落すことになるから、そこから足を洗おうか、と思うのである。

たんに封建的ということなら、むかしはやくざの世界でなくてもどこだって封建的だったわけだ。

■ 佐藤 忠男『長谷川伸論―義理人情とはなにか』 2004年5月・岩波現代文庫・ISBN: 4006020848

★★

《キャッチ・コピー》

「瞼の母」「一本刀土俵入」など見捨てられた者の悲哀と意地を描き、同時代の庶民に圧倒的に支持されてきた大衆文学の巨匠長谷川伸。

独学の評論家佐藤忠男が口先だけの知識人への怒りをこめて描く迫真の力作評伝。

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■ 竹内 洋『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化 』

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地方人の東京での文化衝撃は、なにも明治時代だけのことではなかった。昭和戦前期はいうまでもなく、一九六〇年代前半までは、地方人が上京したときには、都会の建物や人ごみの多さに「驚く」だけではなかった。

都会人の言葉づかい、服装、知識、通ぶり、機知、洗練さという「趣味の柔らかい権力」に晒され、「ひけめ」を感じ、わが身を振り返り自信を失うのが常だった。

したがって、こうした時代の農村の若者にとって、高等教育に進学して、「インテリ」になるというのは、単に高級な学問や知識の持ち主になるというだけではない。垢抜けた洋風生活人に成りあがるということでもあった。

インテリといわれる人の家には難しそうな本や雑誌とともに、洋間があり、蓄音機とクラシック・レコードがあった。紅茶を嗜み、パンを食べる生活があった。

知識人の言説は、こうしたかれらのハイカラな洋風生活様式とセットになって説得力をもった。知識人が繰り出す教養も進歩的思想も民主主義も知識や思想や主義そのものとしてよりも、知識人のハイカラな生活の連想のなかで憧れと説得力をもったのである。

経済的に貧しく、文化的に貧困な農村を「地」にして図柄である教養知が「自由な美しいコスモポリタンの世界」として輝いた。

 竹内 洋『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化』20037月・中公新書・ISBN:4121017048

★★★★

《キャッチ・コピー》

人格形成や社会改良のための読書による教養主義は、なぜ学生たちを魅了したのだろうか。本書は、大正時代の旧制高校を発祥地として、その後の半世紀間、日本の大学に君臨した教養主義と教養主義者の輝ける実態と、その後の没落過程に光を当てる。

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■ 乙川優三郎 『冬の標』

20060425huyunosirube

自由と孤独こそが生きている証であった。描きたいときに描きたいものが描けるなら、ほかに望むものはなかった。

心を決めて白紙に向かうとき、墨の匂いに誘われ、体中の血が躍動する気がする。これほど確かな生の実感がほかにあるとも思えない。対象が新しいほど情熱も湧くから、淋しく思う暇はなかった。〔略〕

不意に何か言う船頭の声が聞こえて顔を上げると、行く手にも雪が見えるだけであっ

た。舟は巧みに操られ、暗い川面を滑り続ける。行き暮れておぼつかない前途を見る気

がしたが、彼女も道を決めたからには止まるわけにはゆかない。

自分には墨と筆があればいい、見かけの幸福が何になる、と気色ばんだ。ひとりが何だろう。憂鬱な日は憂鬱を描き、心の弾む日は弾むように描く。そうして残りの一生を墨とともに生きてゆくだけであった。

■ 乙川優三郎 『冬の標』200512月・文藝春秋・ISBN:4167141655

★★★

《キャッチ・コピー》

生きてゆくのにも情熱がいる。萌えるように輝いていたときは過ぎてしまったが、終わりはまだ遠いとも思う―。幕末の世に南画一筋に生きようとした一人の女性の、凄まじい葛藤と成長を描いた感動長編。

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■ 有須和也 『黒田清 記者魂は死なず』

20060424kurodakiyosi

オイチョカブが始まると、途中でみんなの顔の色が変わってくる。

黒田は社会部長になってからは、仕事の方が博打よりリスリリングなため、普段はやめていたが、全舷の日だけは昔に戻る。日ごろは黒田に頭の上がらないヒラ記者が、勝負になると、大声で怒鳴っている。

「オラ、おっさん、かかってこんかい」

「何ぬかしとんじゃ、このトウシロが」

応酬する黒田の座布団の下には、巻き上げた札が無造作に突っ込んである。はじめは千円札だが、途中から一万円札が舞うようになる。究極のカタは、「ポスト」。今の配置に不満を持っている記者が、「異動」を持ち出してくる。

「おっさん、この勝負ワシが勝ったら、支局長にせんかい」

「よっしゃ、わかった。男に二言はない。勝負したろやないか」

なぜか、こういう勝負は必ず黒田が勝った。

「キミ、え―っと、三年間異動はなしね」

しょんぼりと肩を落とした記者に、黒田はポンポンと背中を叩きながら言うのだった。

 有須和也 『黒田清 記者魂は死なず』 200512月・河出書房新社・ISBN: 4309243614

★★★★★

《キャッチ・コピー》

「報道とは伝えることやない。訴えることや!

大阪読売の社会部長として「黒田軍団」をひきいた伝説のジャーナリスト・黒田清。最後まで全身で闘い続けたその波乱の生涯を描く、初の伝記。

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■ 赤木洋一『平凡パンチ1964』

20060423heibon1964

創刊問もない六号のトップ記事「きみはVAN党かJUN党か?」は、同業のマスコミからも注目された。メンズモードというナンパなテーマを、週刊誌のトップ記事にしてしまう発想。

それを二つの「党」という対立概念に仕立て上げたタイトルの巧みさ。そしてなによりも、読者に向かって「きみ」と呼びかけたことが大きな話題となったのである。〔略〕

この号で平凡パンチという週刊誌のカタチが決まったのではないだろうか。ターゲットは二十代のおしゃれに関心が高い都会青年。大橋歩の描く表紙と、雑誌のコンセプトがやっとシンクロして読者に伝わった。〔略〕

なにしろ、つめえりの学生が街から姿を消して間もないころだったのだ。つめえりを脱いだ学生たちも、似合わないジャケットのエリに、銀杏やペンのバッジをつけることはやめなかった。それが一夜にして、

「若い男や学生が、オシャレに憂き身をやつすなんて」

から、

「男の評価はカッコイイか、ワルイかで決まる」

に、様変わりしてしまったのだ。〔略〕

服飾メーカー、ファッション関連メーカーは平凡パンチという媒体、仕掛けを通して、それまで存在していなかった消費者を創り出し、巨大マーケツトを出現させつつあったのである。

■ 赤木洋一『平凡パンチ196420049月・平凡社新書・ISBN:4582852394

★★★

《キャッチコピー》

何より時代が面白かった。そして雑誌も、人も。『平凡パンチ』創刊に新人編集者として参加し、沸騰する文化の渦に飛び込んでいった著者が描く、めくるめく60年代クロニクル。

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■ 司馬遼太郎『司馬遼太郎対話選集2・日本語の本質』

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……明治国家の変質を典型的にいいあらわしたエピソードがあるんです。

柳原二位局というのは、大正天皇の母親にあたる人です。明治天皇までは一夫多妻で、大正天皇からはキリスト教徒のように一夫一妻になる。これは天皇史上はじめてのことですがね。

柳原二位局は二流の公家から出た人ですが、頭のいい人だったらしい。

あるとき、ご亭主の明治天皇が軍服を着て白い馬に乗っているのをみて、あんなことをしていれば天皇家の宮廷も滅びると、まわりの女官たちにいったそうですね。

天皇とか公家というのは、ああいう武人の格好をしなかったからここまで持ってきたんだと〔略〕

 維新の志士はみなナポレオンとワシントンの崇拝者だったから、どうしても天皇を白馬に乗せたがる。柳原さんは、それに血なまぐささを感じたんでしょうね。

天皇が権力者になったら、もうおしまいだということでしょう。〔略〕

大正天皇と昭和天皇との問題はそこから出てきて、結局、太平洋戦争の大敗戦を柳原二位局がよく予言していたと思いますね。

(丸谷才一との対談:日本文化史の謎)

■ 司馬遼太郎『司馬遼太郎対話選集2・日本語の本質』 20064月・文藝春・ISBN: 4167663228

★★★

《キャッチ・コピー》

「軟体動物みたいな、ビールの泡のような日本語がはびこる」現状や、人を言いくるめたり口喧嘩に勝つための屁理屈の達者さをよしとする風潮を、司馬はしきりに嫌っていたという。さまざまな角度から、日本語の本質に迫る。

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■ 久世光彦『飲食男女―おいしい女たち』

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――さっき、刺身を食べながら、ぼくはこんなことになるだろうと思っていた。世の中には避けて通れるものと、そうはいかないものとがある。

説明なんか可笑しくてできないが、特に男と女の間では、二人のうちの一人がそう思ってしまったら、そうなってしまうしかないのだ。

ぼくは、いつもそうだったし、それで後生が悪いと思ったことなんか、ない。だからぼくは、糸瓜の影をゆっくり目で追いながら、その後、女から聞いた長い話のどの部分にも、一つも疑いを持たなかった。

この女が言うからには、ぼくは信じるしかなかった。――体が濡れている間は、女は嘘をつかないものだ。

  ――「へちま」

■ 久世光彦『飲食男女おいしい女たち』20064月・文藝春秋・ISBN:4167581051

★★★★

《キャッチ・コピー》

食べもののある風景からたちのぼる、遠い日の女たちの記憶。ひたむきで、みだらで、どこか切ない19の掌篇集。

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■ 北村 薫『詩歌の待ち伏せ 1』

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感じ方は色々――といっても、論外ということがあります。後から《うわ―、何をやってるんだろう、俺は》と、赤面するような例なら幾らもあります。〔略〕

……俳旬の例を挙げましょう。あるアンソロジイで出会いました。

かもめ来よ天金の書をひらくたび

作者は三橋敏雄。つまり、著名俳人の、よく知られた句なのです。〔略〕

鑑賞文には、天金の《本を海辺で、あるいは海の上で潮風に吹かれながら読んでいるのである》とありました。違うと思いました。《かもめよ、来い》と夢想するのに、場所が海辺ではいけません。現実の鴎の色を帯びてしまうからです。この《かもめ》とは象徴。書をひらく時、羽を広げる思いであり、喜びの筈です。となれば、この句の舞台は、最も海から離れた書斎に決まっています。

いかにも蛇足ですが、天金とは、本の上の小口、つまり立てた時、挨の溜まる部分に金を塗った本ですね。〔略〕

さて、須永朝彦氏の『扇さばき』(西澤書店)を読んでいたら、この句について書かれていました。〔略〕

次の読みには、目を開かされました。

《その契機は、手に開いた一冊の本をふとそのまゝ眼の高さに据ゑ、地側の切口を水平に見た一瞬に在つたのかも知れぬ。広げられた書物をかやうに眺めれば雁(かりがね)の遠く空を渡る形に想ひ至らう。》

いえ、開かされたというより、これにはもう、くらくらさせられました。思いもよらなかった。しかし、いわれて見ればその通りです。ページをめくる度に、《かもめ》は白い翼を広げ、一羽、また一羽と飛び来るのです。

■ 

★★★

《キャッチ・コピー》

“本の達人”北村薫さんが人生の折々の詩歌との出会いとその後のつきあいをていねいに描くエッセイ評論。博覧強記の著者のフレンドリーな個人文学館。

北村薫『詩歌の待ち伏せ 1』20062月・文藝春秋・ISBN: 4167586029

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■ 小西甚一『俳句の世界――発生から現代まで』

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ツクヽヽボーシツクヽヽボーシバカリナリ

にいたっては、批評の圏外に在る。

子規の悲惨なしかも不屈の闘病生活を知る人、とくに眼のあたりその実情に接した人などは、かれの悲劇的な苦闘に感動のあまり、作品まで無条件に感歎したがる。

しかし、重病の床で年に五百も六百も作って、それがことごとく名句であるとは、子規がいかに超人的非凡さに恵まれた天才だとしても、無理なはなしですよ。三十六歳の生涯に俳句だけで一万八千余句を生産するといった行きかたで、そんなに名句ばかり出るものですか。

子規は偉い。それを否定するのではない。しかし、かれの偉さは、むしろ理論においての偉さで、作品では、かならずしも偉人ではない。〔略〕

「俳句は文学の一部なり」、この一語だけでも子規は、俳句史上に燦然と輝く偉人なのである。平凡な句まで無理に非凡化しなくても、充分に偉いのである。

■ 小西甚一『俳句の世界――発生から現代まで』19951月・講談社学術文庫・ISBN 4061591592

★★★★★

《キャッチ・コピー》

俳句鑑賞に新機軸を拓き、俳句史はこの1冊で十分と絶賛された不朽の書。

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■ 坪内祐三『一九七二――「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』

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……二人の革命家、金日成の人間改造(チュチェ思想)によって北朝鮮の人びとは「個性」を失い、田中角栄の列島改造によって日本の街は「個性」を失った。

街が「個性」を失えば、それに伴って、人間だって「個性」を失う。

しかもそのことにまったく自覚なく。

だからこそ(自覚がないからこそ)、北朝鮮の人たちの没個性を簡単に笑い、そして哀れむことができる。私を含めて。

では、はたしてこれから三十年後は。

■ 坪内祐三『一九七二――「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』20064月・文藝春秋・ISBN4167679795

★★★★

《キャッチ・コピー》1972年。そのとき私は14歳だった。日活ロマンポルノが摘発され、連合赤軍あさま山荘事件が起こった年を知らない若者におくる新感覚の文化評論。

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■ 藤沢周平『藤沢周平句集』

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桐咲くや田を売る話多き村

メーデーは過ぎて貧しきもの貧し

向日葵や北天の雷雨背にし立つ

枯野雲迅し日が照り日がしぼむ

汝が去るは正しと言ひて地に咳くも

初鴉病者は帰る家持たず

雪の日の病廊昼の灯がともる

石蹴りに飽けば春月昇りをり

抗はず極暑の人とならんとす

軒を出て狗(いぬ)寒月に照らされる

■ 藤沢周平『藤沢周平句集』19993月・文藝春秋・ISBN 4163184104

★★★

《キャッチ・コピー》藤沢さん 最後の贈り物。諦念をひめた静かな叙情。藤沢さん二十代の療養生活、みじかい句作時代の百余句。

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■乙川優三郎 『蔓の端々』

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「明日のことを考えられなくなったら人間は仕舞いだ、いかに財を成そうがそうでなかろうが、明日のことを考えぬ人間は惨めだ、若いころは十年、二十年さきまで考えたものだが、歳をとるにつれて五年さき一年さきとなり、そしてとうとう明目のことすら考えられなくなってしまった」

「…………」

「実は病になる前からそうだった、もしも晴れたなら川へ釣りにゆこうとか、旧友を訪ねて孫の世辞でも言ってやろうとか、そうした些細なことすら思い浮かばぬ、惚けたわけでもないのに、日に日にしたいことが減ってゆき、無理に考えても心底したいことは思い付かなくなった」

「…………」〔略〕

人はどう生きようと最後には後悔するようにできているのかも知れん、しかし生きている間は明日を見て暮らすほうがいい、不幸や憎しみを忘れるのはむつかしいが、忘れなければ立ち淀むばかりだろう」

■乙川優三郎 『蔓の端々』20034月・講談社文庫・ISBN 406273132

★★★

《キャッチ・コピー》

藩内抗争に否応なく巻きこまれてゆく武士たちの苦悩と悲哀を描く傑作時代小説。

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乙川優三郎「かずら野」

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体の芯を壊されたらしく、手も足も他人のもののように力が入らない。かろうじて瞳を動かすことはできるが、まだ恐ろしい夢の中に体が漂っていて、しばらくは放心しているしかなかった。〔略〕

男の狂気とその後の静けさにも茫然とする気持ちだった。〔略〕

彼女はそろそろと男の体から離れて、落ちていた着物に身を包んで丸くなった。寒さより何より、孤独を包み込んで少しでも温めなければならない。泣くのにも某(なにがし)かの希望がいるが、絶望の底に身を沈めたあとではそれもできなかった。

要するに、金で売られたのだと思った。

■ 乙川優三郎 『かずら野』20044月・幻冬舎文庫・ISBN 434440503X

★★★

《キャッチ・コピー》

夫のために人を裏切り、罪を背負って生きていかねばならなかった。運命に流されまいと必死に生きる女の、ひたむきさと切なさにあふれた感動の時代小説。

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本田靖春『我、拗ね者として生涯を閉ず』

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 気がついたときは、主張すべきことを主張しない連中が、圧倒的多数を形成していた。私が「野糞精神」を説いたのは、若手に奮起を促そうとしたからである。組織が大きくなればなるほど、個が強くならなければならない。〔略〕

かつて、社会部では噛みつくことがよしとされた。噛みつくというのは、弱者である若手が、自分よりも強い上位者に向かって、非を鳴らすことである。社会部で最も忌み嫌われたのは、ごますりであった。〔略〕

 可能ならば、全員で立ち上がって戦って欲しい。できないなら、せめて、野糞のようになれ――というのが私の主張であった。

 野糞は、それ自体、立ち上がることはできず、まして、相手に飛びかかって噛みつくなどは絶望的に不可能である。でも、踏みつけられたら確実に、その相手に不快感を与えられる。お前たち、せめてそのくらいの存在になれよ、――と訴えたのであった。

■ 本田靖春『我、拗ね者として生涯を閉ず』20052月・講談社・ISBN 4062125935

★★★★★

《キャッチ・コピー》

読売社会部エース記者として名を馳せ、独立後『不当逮捕』『誘拐』などの名作を生んだ孤高のジャーナリストは、2004124日、この世を去った。両足切断、右眼失明、肝ガン、大腸ガン…病魔と闘いながら、「精神の自由」「人が人として誇り高く生きること」を希求し、現代人の心の荒廃を批判し続けた魂の叫びがここにある。

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